神山町旧村役場文書(その4)
国勢調査ニ関スル書類
大正8年12月以降 旧上分上山村役場文書国勢調査は現在でも行われていますが、第1回は大正9年に行われました。その時の様子が書かれている文書です。
○まず、国勢調査の目的が現在とちがって高圧的にしかも厳かに次ぎのように書かれています。
「大正9年10月1日午前0時に苟も(いやしくも)我が日本帝国に現住する人々について、内外人の別なく1人も漏らさず氏名・世帯に於ける地位・男女別・生年月日・配偶関係・職業・出生地・民籍または国籍を正確に調べる」。世帯に於ける地位などは現在では考えられません。
○国勢調査練習会が大正9年9月12日に上分上山小学校で開かれています。この時代は公民館がありませんので、村の集会は小学校で開かれるのが多かったようです。
その時の質疑応答です。()の内は答えです。
・世帯主と家族の姓が違っていた場合はどうするか(性が違っていてもその家に住んでおればその家の姓を記載する)。
・妻が世帯の実権を持つ場合(夫を主として記載)
・生年月日が不明の場合(やや近き生年月日を記載)。
・飲食店の職業名(麺類・その他飲食小売業と書く)。
・荒物商・各種雑貨品商(荒物・雑貨商)
・単身座繰機を以て製糸を業とする者(製糸賃繰業と書く)
・荷車曳き(荷車曳き業と書く)
・自分の肩で木材を運搬する者(木材搬出夫)
・トバセと称する木材を運搬する者(山稼業)
・裁縫をして賃金を得るもの(衣服賃縫業)
・サキヤマと称する職業(杣職人・そましょくにん)
・簑編み(簑製作業)
・油揚を製造販売する者(油揚製造販売業)
・内縁の妻が先夫の子を連れて同居する(妻の連れ子)
・人力車帳場に起臥する転子(同居人)
・他所より寄留届を出さず数十日間、山小屋に止宿し炭焼業に従事する者(一般世帯と同様)
・芸者・娼妓(営業主の雇い人)
初めての国勢調査ですので質問が沢山でておりますが、この質問を通じて当時の人々の職業・生活が推察されて興味があります。現在では不明の職業もあります。











最近、神山町の人口分析にハマっています。
第一回(1920年)の調査結果はどれほどだったんでしょうか?
ちなみに1965年は16,045人、2005年は7,798人でした。
2009-03-30 19:24 | 大南 信也
油揚(あぶらあげ)を製造販売する者(油揚製造販売業)・・
おろの喜来にも、油揚屋さんがあり、前を通ると良いにおいがしました。
“ 単身座繰機を以て製糸を業とする者(製糸賃繰業と書く”
こんな職業があったのですね。
“荷車曳き(荷車曳き業と書く) ”
「おろの」の、中川電気の親父さんも、元々はこの職業でした。僕らの小さい頃、荷車曳きのおじさんは結構いました。
覚えています。
“ トバセと称する木材を運搬する者(山稼業)”
“サキヤマと称する職業(杣職人・そましょくにん) ”
ここらへんは全然わかりません。
“ 人力車帳場に起臥する転子 ”
この「転子」というのは、何と読むのでしょう?
2009-03-31 00:26 | ニコライ