阿波ぶらり散歩 「眉山のドイツ兵の墓」

徳島市の眉山は市街地に近く山の姿も美しく人々の親しまれている山である。山麓から頂上にかけて古い神社・仏閣をはじめとして名所旧跡・歌碑・句碑・記念碑等、また近代的な施設などが数え切れないほど造られている。そのなかでちょっと異なったものにドイツ兵2名の墓が中腹の西部公園の忠霊塔の近くにある。

この兵士は2人とも第一次世界大戦(1914~1917)に中国の青島(チンタオ)で日本軍と戦って敗れ、捕虜となり鳴門市坂東の捕虜収容所に送られた。そこで病気になり陸軍の病院(現在の中央病院付近)に入院中に死亡し、眉山の麓に葬られたのである。

その後、昭和の中期に忠霊塔が建てられたとき山麓にあったドイツ兵の墓も現在地に移したといわれている。

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現在では墓石2基を並べた立派な墓所が造られ、埋葬者の紹介の碑も建てられてている。それによると兵士は海軍砲兵・海軍水兵でともに1895年(明治28年)に生まれ、死亡したのも2人とも1917年(大正6年)であるから20歳過ぎたばかりの年齢である。若い身でドイツから遙々と東洋まで来て病没した兵士の哀しみは分かるが、それとともにこの異邦人の無念さを思いやって、墓所を造り一世紀に近い年月にわたり努力してきた人々の行動も並のものではないと思われる。

徳島史学会 稲 飯 幸 生(神山町)

記事のシリーズ : 神山日記帳
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コメント一覧

  1. いつも貴重なお話をありがとうございます。

    立派なお墓ですね。しかも手入れがよく行き届いています。
    母国の肉親の方は、お墓のことをご存知なかったかもしれませんね…。

    2010-06-10 15:16 | 大南 信也

  2. 稲飯さん、先日はありがとうございました。

    徳島は昔からオープンだったのかもしれないですね。

    2010-06-10 18:40 | sasuke

  3. お墓大きいです。うちの4倍くらいありそう・・・。
    稲飯先生。イヤでもきそうなのは、横においといて、(笑)
    「秘密の花園」とか、華やかなのを載せません?
    いかん。余計なこと言ってしまった。
    8月に親戚の法事に会ったらどつかれるぅぅ・・・・・

    2010-06-12 00:07 | ニコライ

  4. 私事ですが、私、明日、人間ドッグです。
    職場の命令で、半年前から、日程が決まっておりました。
    「作品」梱包のお手伝いが出来ず、すみません。

    2010-06-12 00:11 | ニコライ

 

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