
「神山校の先生たちと約束した教育実習に来て、生徒たちと新しい約束をしちゃった」あゆハウス一期生・井口結衣さんインタビュー
学び2025年7月30日
「今回は車で帰ってきたんですけど、なんか暑いなと思って車の窓を開けたら、めっちゃ神山のにおいがすると思って。うまく言えないけど、むわっとした感じだったり、川に入ったときの苔みたいな匂いとか。あっ!と思いました。近づいてる!みたいな」。
城西高校神山校が初めて迎えた県外生であり、町営寮「あゆハウス」の一期生の“いぐっちゃん”こと井口結衣さんが、2025年6月に教育実習生として母校に帰ってきました。15歳だった彼女はもう21歳。慣れたようすでハンドルを握る姿を見て「あのいぐっちゃんが車の運転を……」と感慨深く思った人、たくさんいたのではないでしょうか(わたしは目頭が熱くなりました)。
彼女は今、東京農業大学の4年生。北海道・網走にあるオホーツクキャンパスで学生生活を送っています。卒業してからは、どんなふうに神山を思い出していたのでしょうか。そして、母校での教育実習の日々は?ーーあゆハウスのハウスマスター “まささん”こと兼村雅彦さんといっしょに、あゆハウスでお話を聞かせてもらいました。
「悩みつつも母校に帰るんだろうなと思っていました」
杉本 教育実習おつかれさまです。まずは、どうして教職を取ろうと思ったのかというところから聞いてみたいです。
井口 高校の卒業式の日に、農業を教わった丸山(稔)先生に後ろから肩をポンッとされて、『お前、絶対に教職取れよ』って言われたんですよ(笑)。丸山先生は在学中にペアになることが多くて、お父さんみたいに思っていたところもありました。そんな先生から「絶対に取れよ」って言ってもらったし、農業の先生の半分は私と同じ大学だったから、「教職課程は取るものなんだろうな」みたいな。教員になるかどうかよりも、先生たちとの約束を果たしたい気持ちが強かったと思います。ただ、その本人(丸山先生)は今、別の高校に異動されて神山校にはいないんですけど(笑)。
杉本 じゃあ、卒業式のときにぼんやりと4年後に神山校に帰ってきて、教育実習をするという未来をふんわりイメージしていたのかな?
井口 まあそうですね。そのときは実感がなかったから、神山校に帰ってくるとすんなり考えられていたんですけど、実感がわいてからは逆にプレッシャーを感じちゃいました。みなさんが楽しみにしてくださっているのがすごい伝わってきたので、「私、大丈夫かなー?」と思ったりして。教育実習先は母校ではなくてもいいですし、大学の周辺にある学校に行く学生もけっこういるから、神山校に行くかどうか悩んだ一瞬があったんですけど。悩みつつも「きっと私は母校に帰るんだろうな」と思っていました。
杉本 悩んだ末に神山校に帰らなかったら、それはそれで後悔しそうだしね。
井口 ですです!プレッシャー感じるとか言いつつ、悩みつつもずっと決めていたんだとは思います。実際に帰ってきたら、行く先々で「教育実習なんでしょう?」ってみんなに言われていて。「あ、バレてる〜」みたいな感じでした(笑)。
「壇上からは思った以上に生徒の顔が見えました」
杉本 神山校での教育実習はどんな感じですか?
井口 神山校は規模が小さいこともあり、すごく手厚くしてもらっているなと思っていて。一般的に教育実習生は職員室には入らず、控室で教材研究や授業準備をするのですが、教頭先生が「井口さんには職員室にいてもらうけん」と言ってくれて。世の中では教員はブラックだとか言われるけど、実際にそんなことはないって伝わればいいと思ってくださったみたいです。それはすごくうれしいしありがたくて。私、いつも職員室で嘆いているんですよ。「授業緊張する〜、あーー!」とか言ってると、先生たちはすれ違うたびに声をかけてくれたり、「これ食べな」って何かしらの食べ物をくれたりして。教頭先生が「農業の先生の正装は作業服だと思う」と言ってくれて、普段はスーツも着ていないんですよ。もちろん、正装が必要なときはちゃんと着てますけど。あと、教育実習3日目に全校集会があって。壇上から自己紹介をさせてもらったんですよ。
インタビューをしていたら、あゆハウスの寮生がつくった梅とすだちのドリンクを出してくれました。おいしかったです!
杉本 全校生徒の前で。どんなことを話したの?
井口 私と神山校について10分くらい話していいって言われたんですけど、「もー、そんなに言えないですー」って思って。人数は少ないとわかっていてもすんごい緊張して、何を言ったか記憶ないんです。今日、教頭先生とじっくり1時間くらい話す時間があったんですけど、「生徒と同じ目線で話すのもいいけれど、壇上からの景色を知ってほしかったから上がってもらったんだよね。よく見えたでしょ?」って言ってくれて。実際に、ちゃんと聞いている子、ちゃんと聞いているふうな子、下を見ている子、寝ている子って、みんなのことがよく見えたんです。教頭先生はいろいろ考えてくださっていて、後でその意図を伝えてくれるから答え合わせができる。そういう意味でも、いい環境で教育実習させてもらっているなと思います。
杉本 3年ほど前まで、ちゃんと聞いたり、ちゃんと聞いているふうだったり、下を見ていたりしていたひとりだったんだよね?
井口 いやー、してた(笑)。ほんと、思った以上に顔がちゃんと見えるんです。私は、あからさまに寝るとかはしなかったけど、上を向いているふうはしてたので、「バレてたぞ!」って思いました(笑)。
「うっかり隣の教室のスクリーンをジャックしました」
杉本 先生として、授業をしてみてどうですか。
井口 今日、初めての授業だったんですよ。私が緊張しているのが生徒たちにもめっちゃ伝わってて、みんなも「大丈夫かな?」みたいな顔をしていて(笑)。私は造園系の科目を教えるので、今日は日本庭園に用いる石の分類や種類とその特徴がわかるように、電子黒板に映す写真をたくさん用意していました。でも、パソコンを接続しても全然映らなくて。
「どうしよう?」と思いながら授業を進めていたら、隣の教室から「ジャックされたんやけど!」って先生が突入してきて。最初、何を言われてるのかわかんなかったけど、私がパソコンの接続先を間違えていたんです(笑)。「数学の授業をしているのに、石の写真がいっぱい流れてきた」って言われて、生徒たちもめっちゃ笑ってて。「すみません!」って言いながら、そこらへんで緊張が途切れました。
授業3日目には電子黒板を使いこなし、いつもの笑顔で話せるようになりました
杉本 数学の授業で石の写真が流れてくるってなかなかシュールだね(笑)。生徒たちと話したりはしていますか?
井口 こないだ、先生が放課後に生徒との交流会を開いてくれました。最初はひとりしか申し込みがなくて、私はその方がしゃべりやすくていいなと思っていたんですけど、当日は生徒も先生たちもめっちゃ来てくれて。円卓会議みたいにまあるくなって座っていたから、みんなも言えないことがたくさんあったみたいで、帰り際にひとりずつ「聞いていいっすか」って言ってくれて。終わってからの時間のほうが長かったくらいでした。
「趣味はソフトクリーム巡りです」って言ったから、「修学旅行で北海道に行くんだけど、おすすめのソフトはありますか?」って聞かれたり、農業系の大学への進学を希望している子に、進学について聞かれたり。「高校時代の悩みはなんでしたか?」って聞いてくれた子もいました。私は1年生のとき、周りとのモチベーションの差に悩んだ時期があったんです。そしたら、その子も今ちょうど同じことに悩んでいるって言っていて。
私は神山校に入りたくて静岡から来たけれど、周りにはそこまでモチベーションが高くない子たちもいて、ギャップを感じていました。だんだん「私は私だな」と思えるようになったけど、当時はすんなり受け入れられなくて苦しかったので、その子の気持ちがすごくわかりました。「今、がんばってもがこうとしている」って言っていたので、私はそれがすばらしいなと思ったし、アドバイスはできないんですけど「うんうん」って話を聞いていました。すごくいい時間になったなと思います。
「ちゃんと向き合って卒業できてよかったと思います」
杉本 去年、『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社)のために再インタビューさせてもらったとき、「神山があると思うだけでがんばれる1日がある」って話をしてくれたよね。いぐっちゃんのなかで、神山はどういう場所なのかをあらためて聞いてみてもいいですか。
井口 帰ってくる場所があると思うだけで、心のもちようがすごく違っていて。神山に帰れば、ちゃんと私のことを理解してくれる人も、ちゃんと叱っている人がいると思うと、ちょっと肩の荷が降りるというか。向こうでできることが増えるなって思います。たとえ、自分を受け入れられなかったとしても、寮生やまささんみたいに深い関係を築けている人がいると思うと気が楽になりますし。
杉本 まささんは、いぐっちゃんが15歳のときから知っているんですよね。彼女の成長というか、変化というかをどんなふうに見ていますか?
「まささん、いっつもこんな感じで座ってて(笑)」といぐっちゃんが懐かしむ、まささんの座りポーズ
まさ そうですね。大きくはそんなに変わっていなくて、そのままの井口が大人になったなって感じ。ただ、「あ、井口変わったな」と思った瞬間は結構覚えていて。もともとちょっと引く癖があるでしょ? そこから、一歩踏み出したときがあったと思うんだよね。それからはけっこう変わったような気がしていて。
井口 まささんが言ってくれたように、大きく変わったとは自分でも思っていなくて。神山に来て、1、2年生のときは「ニコニコしているいぐっちゃん」みたいな感じで、特に問題なく過ごせていたのに、3年生のときに初めてつまづくことがあって。すごい動揺したし、自分でも認めたくない気持ちがあったから、向き合うことがもう本当に怖くて。ずっと、私なりに元気な姿を見せたいと思って振る舞っていたし、だからこそ弱い部分を見せられなくなった部分もあったと思います。あのとき、まささんにも弱音を吐くのがすごく怖くてためらっていたら、「何を言っても嫌いになるわけじゃないから大丈夫だよ」って言ってくれたのがすごい印象に残っていて。
まさ 覚えてないな……。
井口 覚えてないんや(笑)。いやー、覚えてないんやろなって思いつつ、私はすごい覚えてて。その言葉でしっかり向き合うことができたんですよ。今でも、あのとき逃げなくてよかったなって思うことはあります。自分と関わる、向き合うのが一番怖いなってあのとき感じたかな。でも、一生つきあっていくじゃないですか、自分とは。“いつも笑顔のいぐっちゃん”みたいな感じでポンと卒業せずに、最後の最後でつまづいて、ちゃんと向き合って卒業できてよかったなって思います。
ーーここで、いぐっちゃんの高校生活をまささんの写真で振り返ってみたいと思います。
2019.4.9 入学初日
2019.4.9 入寮初日
2019.11.17 神農祭
2020.5.23 江田の田植え
2021.3.8 岳人の森キャンプ
2021.12.23 クリスマスパーティー
2022.3.2 第一回卒寮式
「教育実習は、神山に帰ってくる“確定した未来”でした」
杉本 写真で振り返ると、やっぱり大人になったなあとしみじみ思いました。卒業してからも、なんだかんだと神山に帰ってきていたよね。
井口 あゆハウスの一つ下の代の卒寮式に来たり、去年はすだち収穫バイトに来ていたり。なんだかんだと毎年一回は帰ってきていたかもしれないですね。教育実習は、わたしにとって「もう少し先にある帰ってくる理由」だったんです。毎回、帰るたびに「教育実習で!」って言っていたし、また神山に帰ってくる確定した未来があったんですけど。次はいつ来るかわからない。これが最後の約束ってわけじゃないんですけど、そういう意味ではさびしい感じもしていますね。
まさ 今回帰ってきて、3年間過ごしたまちや学校についてどう思ってるの?
「いつ会ってもまささんは『おう!』って言ってくれる」。変わらない関係が帰る場所になります
井口 私が高校に入学したときにはじまった、寮やまめのくぼが今もこうして続いていて、当時よりできることが増えているのをいろんな面で感じるんですよ。まめのくぼには田んぼができていてお水が引かれていて、ビニールハウスや資材置き場みたいなのが立っていたりとか。
杉本 いぐっちゃんたちが開墾したときは真ん中の一枚だけだった小麦畑が、花びらみたいに一枚ずつ広がっていったよね。
井口 私の背丈より高い、木みたいな雑草が生えているときに、丸山先生に「畑にするぞ」って言われて。草刈機で刈っているときは畑になっていくイメージが湧かなかったし、「畑になるわけないじゃん」って思っていたんですけど。だけど、すごくいい流れで引き継がれて、高校や寮に一所懸命やっている子たちがいたりして、どんどんできることが広がっています。だからと言って「今入学すればよかったなぁ」と後悔するわけではなくて。はじまりを知っているからこそ、今に携われるのがすごくうれしいんですよね。
みんなは、「いぐっちゃんたちの代の土台があったからだよ」って言ってくれますが、土台があっても引き継ぐ人がいなかったら衰えてしまうというか。ただ引き継ぐだけじゃなくて、どうしたいかを考えてつなげてくれているのがわかるので、本当にうれしいです。あのとき、あの人たちと3年間を過ごせて、今もみんなで集まったりできるし。このまちや生徒たち、ここにいる人たちと新しく出会うこともたくさんあるし、それもよかったな……。
ほんとに、教育実習に来たことをすごい周りの人たちが喜んでくれて。来てよかったなって思います。ちょっと恩返しできていたらうれしいな、とか。県外生一期生ということもあって、こういうかたちで卒業後も神山と関われるというのは、高校生たちの選択肢にもなったらいいなと思います。
杉本 なんか今、やっぱり大人になったなぁって思いました(笑)。ありがとうございました!
◆
教育実習の最終日、神山校の先生たち、生徒たちは15分間のビデオレターをサプライズで送ってくれたそうです。生徒たちに「卒業するまでにまた会いに来て!」と言われて、いぐっちゃんはまた新たな「神山に帰ってくる理由」を胸に抱いて、北海道に旅立っていきました。
教壇に立ってみて「先生もいいな」と思ったといういぐっちゃん。いつの日か、神山校の先生になるというストーリーもすてきだけど、何よりもいぐっちゃんが幸せに自分らしく生きていてほしいと、このまちの誰もが願っているのだろうと思います。かわいい子には旅をさせろ、じゃないですけど。いぐっちゃんの人生に幸あれと祈りながら、再会の日を楽しみに待ちたいと思います。
きっとまた会おうね!
インタビュー・文:杉本恭子
写真撮影:兼村雅彦
いぐっちゃんのインタビューも収録されている書籍『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』が発売されました。神山町内の以下のお店や場所、全国の書店、オンライン書店などにて取り扱っていただいています。よかったらご覧ください。
・魚屋文具店
・かまパン&ストア
・神山サテライトオフィスコンプレックス
・豆ちよ焙煎所(発売記念ブレンド「かみやまの娘たち」も販売中!)
杉本恭子著『まちは暮らしでつくられる 神山に移り住んだ彼女たち』(晶文社刊、380ページ、2200円)
「この風景のなかに見えるほぼすべて、いつか誰かが手を使った仕事」──清流・鮎喰川が流れる山あいのまち・徳島県神山町。このまちに10年近く通う著者による、移住・Uターンした女性たち34名へのインタビューを軸に編まれた「神山の生活史」。神山で暮らす彼女たちは、自らの手で自然と人間の関係をしなやかに結び直していく。また、彼女たちの日常のささやかな言葉は、「地方創生」「まちづくり」という大きな言葉を解きほぐす力がある。「まちは一人ひとりの暮らしでつくられている」というシンプルな事実に気づいたとき、誰もが自分の人生と暮らしを慈しみたくなる。
あゆハウス (ayuhouse.yoriinishi@gmail.com)
城西高校神山校の寮は、鮎喰川の「あゆ」をとって、「あゆハウス」と呼ばれています。 「あゆハウス通信」では、あゆハウスで暮らす高校生・ハウスマスターが日々の活動を定期的に発信しています。 「地域で学び、地域と育つ」をコンセプトに、神山でさまざまなことにチャレンジする私たちを温かく見守っていただけたら嬉しいです。
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