今年もスダチの収穫の季節がやってきました。
言わずと知れた、神山町が全国に誇る農作物。みなさんの食卓でも、料理に、飲み物に、さまざまな形でスダチを活用した品々が日々の食卓を彩っているのではないでしょうか。
生産現場に目を向けてみると、農家の高齢化や担い手の不足、生産量の減少といった現状があることはありますが、新たに就農したり、継業している農家さんの姿も見えてきます。
どんな経緯で就農にいたり、神山で農業をする中でどんなことを感じているのでしょうか?今回は、神山町へ移り住み、農業研修を経て独立開業したばかりの2人の農家にお話を伺いました。本記事は前編です。
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「周りの人に支えられながらなんとか収穫までたどり着いて。収穫は収穫で『本当に9月中に終わるんだろうか』って焦り倒して。ワーッて駆け抜けた感じですね。」
そう語るのは、矢部貴大さん。「矢部柑橘園」という屋号で、主にスダチを栽培する農家として2023年6月に独立・開業しました。農家の平均年齢が70歳を超える神山町では貴重な20代の若き農家です。
昨年は、NPO法人里山みらいでの2年間の農業研修が終了し、独立して迎えた最初の年。「とにかく、綺麗にスダチを管理して、取り終えるところまでなんとかできるように」と必死で乗り越えた1年だったと振り返ります。
矢部独立していざ一人でやり始めたら「あれってどうするんだろう?」って悩むことがいろいろ出てきました。研修中に農家さんのもとで学ばせてもらっていたけど、僕らの見てないところでやっている仕事が結構あったんですよね。研修生って立場に甘えとったところがあるなって思います。
それでも、周りの人の助けもあってなんとか終えることができました。ただ、収穫し終わるまでは本当に…必死でしたね。
矢部さんの農業との接点は、大学時代に所属した援農サークルがきっかけでした。週末になると農家を訪ね、トウモロコシを収穫したり、キウイを収穫したり。季節によっては、摘果・摘蕾(てきらい)などさまざまな作業を経験。作業そのものにも魅力を感じるとともに、一日手伝っただけでも「ありがとう」と農家さんに喜んでもらえることに大きなやりがいを感じていたと言います。
所属する観光学部の授業や援農で、農山村や過疎地域に足を運ぶなかで「地域活性化」にも関心を持つようになった矢部さんは、卒業後の進路として「農業という視点から地域活性化に関わる」という選択肢を持つように。
一度は、調整役や事務仕事を中心に担う農業団体に就職しましたが、生産現場からほど遠い環境の中で「農家になりたい」という思いを諦めきれず、就農することを決意。農業を学ぶ場所や、拠点を探す中でたどり着いたのが、里山みらいでした。
矢部移住先を探すなかで訪れたほかの町では「農家は辞めた方がいい」って農家さんにことごとく止められたんです。でも、神山に来て、里山みらいで出会った農家さんに「スダチで食っていけるんですか?」ってズバリ聞いてみたら、「全然食っていける」って。こんなポジティブな人は、それまでいなかったんですよ。
ちょうどその頃、コロナ禍でスダチ産業も打撃を受けているなかで、懸命に発送作業をする農家のリアルな姿を目にしたことも「ここで農業を頑張っていこう」と矢部さんが覚悟を決める後押しになりました。
研修は、農家になるための知識や技術、考え方を身につける新たな学びの連続。すだちの栽培とひとくちに言っても、肥料の使い方や量、回数、剪定のタイミングなど、工程の一つ一つに農家の数だけやり方や考え方があります。
矢部それぞれに考え方があって、みなさんそれでしっかり生活できているんで、全部正解なんですよ。でも、聞きすぎて何を信じていいかわからなくなり、パンクしましたね。(笑) 僕は”この人”って参考にする人を一人決めて、その人の栽培方法を真似するようにしました。
昨年、初めて一人でやってみて「この畑の剪定を一人で終えるには、このくらいの時間がかかる」ってことがわかって。「じゃあこの時期から剪定を始めた方がいいな」って調整できるようになりました。そうやって、積み重ねていくしかないなって思います。
愛知県出身の矢部さんにとって、縁もゆかりもない土地だった神山。農業という仕事は、その土地との関わりが深い生業でもあります。実際に神山で農家として歩み始めてみて、いまどんなことを感じているのでしょうか?
矢部農地の所有者さんは、それまでおじいさんや、お父さんが管理してきたような畑を、なんの関係もない僕とかに貸してくださっているわけじゃないですか。そういう代々引き継がれてきたものを、ちゃんと守っていかなきゃいけないなっていうのはすごく感じます。
今まで神山の農家の人たちが守ってきたスダチのある暮らしがあって、それが今どんどん生産者が減っていっている中で、極端な話、スダチがなくなるってことは、神山の文化が一つなくなるって言っても過言ではないと思うんです。そこは、自分も維持していける一人になれたらいいのかなって思っています。
農家としてまずは、自分がもうちょっと成長するのは大前提として。
大学生の時に僕が受け入れてもらったように、受け入れる側の人にはなりたいと思っています。別に農家になりたい人だけじゃなくて、「農業のことを知りたい」とか簡単な気持ちでもいいんで、気軽に受け入れられるような場所になれたらなと思いますね。
矢部柑橘園 *2024年度分の予約注文の受付を開始しています。詳細は、Webサイト・SNSからご確認ください。(2024.8.26現在)
▼ECサイト
https://yabefruit.base.shop/
▼Instagram
https://www.instagram.com/yabe_kankitsuen/
後編はこちら。