特集

Vol.01

Why are you here?
ほかの国から、神山に

「神山には外国人が多い」と言うけれど、
彼らはどこから来たんだろう?
このまちでなにを思い、暮らしている?

第0話

まえがきと、齊藤郁子さんの話

2020年2月17日 公開

神山のアーティスト・イン・レジデンスは1999年にスタート。今年で22年目。毎年3〜5名の作家が海外から訪れ、作品とたくさんの思い出をつくって帰る。くり返し訪れる人もいるし、中には移り住んできた人も。海外から越してきた人は、アーティストのほかにもいる。

この外国人の多さは、日本の山あいのまちではたぶん珍しい。同じ一つの理由はないにしても、彼女はなぜここに来たの? 彼はどんなことを考えながら、ここで暮らしているんだろう?

外国から来る人が最も多い場所は、寄井にあるカフェ オニヴァ *1 というフレンチ・ビストロ&Airbnb *2 だと思う。この特集のまえがきとして、オニヴァの齊藤郁子さんの話をきいてみたい。

すごくいろんな人が来ている

オニヴァ(Café on y va)には海外から、どんな方々が来ている?

郁子ここはお遍路で、12番札所と13番札所のちょうどあいだ。1番から歩いて来た人が、最初に膝が痛くなったり心が折れたりするところだと思う(笑)。

そこにカフェがあって、入ってみると、シェフの長谷川浩代さんはスペイン語もフランス語も英語もできるし、私もフランス語と英語が話せるので、すこしホッとなさっていたり。「この先の旅のアレンジを手伝って欲しい」とよく相談をもらう。

お遍路さんが多い。

郁子とても多い。お遍路以外の人は、関西空港から直接ここに来られますね。
私たちは2013年末にカフェを開いて、翌年に宿を始めた。以来たとえば、オランダ、イスラエル、ポーランド、南アフリカ。いろんな国の人が来るようになって。

共通点。そうですねー、「日本の大工さんが建てた木造建築に泊まりたい」「京都に行ったけどビルばっかりだった」という人が、床の間や縁側があるところをAirbnbで探して、うちが引っかかったり。
「英語を話せる人もいるらしい」とわかって、ちょっと安心する部分もあるんじゃないかな。

そんなふうにまずおいでになって、そこからは人のつながり。「日本に行くなら寄るといい。すごく面白かった」と口コミで広がって、そのかたの従兄弟が来て、同僚が来て、奥さんと子どもを連れてもう一度来て。リピーターは増えていて、中には3回4回になる人もいます。

Photo courtesy: Ikuko Saito

「このまちにはリモートで働いてる人が多いらしい」と知って、シカゴから、小説を書き上げに来た人がいた。お腹がすくと、カフェに出て来てご飯を食べ。つかれたら温泉に行き。また本を書いて。2週間くらいかな。
本は出版したみたいで、送ってくれると言っていたけどまだ届かない。(笑)

休暇でなく、働きに来る人もいるんだ。

郁子はい。むこうの国と時差があるので、夜働いて昼は寝ていたり。

たとえばパリから来た人がいて。アパルトマンが改築工事でしばらく暮らせなくなった。部屋を借りるにしてもパリは家賃が高いから「もう家はいらない」と持ち物をスーツケース1つにして、旅に出て。韓国に1ヶ月いたり、インドネシアに1ヶ月いたり。そして神山に来て、「ここいいな」って。
バスやトラムの運行計画のコンサルタントで、どこでも仕事が出来ちゃうんですね。こないだ1ヶ月いて、また来られるそうです。

「砂漠に引っ越すので、その前に水の豊かなところで川遊びしたい」、というご家族が来たこともあります。子どもが地元の子と遊んで、すごくいい思い出になったり。本当にどんどんどんどんいろんな人が来て。

どんどん聞きたいです。(笑)

郁子カウボーイの末裔が来られて。いまもその暮らし方をされているんですね。屋根のある場所で寝るのは、雨の日とすごく寒い冬の日だけで、普段は馬や動物と一緒に野外で暮らしている。そのおばちゃんたちが来て。

カウガール!

郁子カウガールが4人。日本に来てみたけど「柔軟剤が臭くて部屋に居られない」と、結局泊まった宿の庭で寝ていたみたいだけど、ここは気に入られて。

ちょうど神山の地元の方から、「狩りで谷に落としたイノシシが重すぎて上げられない。ちょっと手伝って!」と電話があって。カウガールのみなさんが出向いて、ものの5分で引き上げた。(笑)

オーストラリアで35年間牧場を経営してきたスイスの方が、牧場を売って新しい人生を歩みたい、って。3年前に一度いらしてみんなで話を聞いていたんですが、先週「売りました!」と報告に来てくれた。
旅って人生の転機になさっている方が多いので、お話もたくさん聞くし、オニヴァのみんなと仲良くなるから、変化があるとまた来て、聞かせてくれたりする。

この土地の暮らしを味わう

郁子ここは飲食と宿泊で、泊まれる部屋は3つ。10名まで寝れるけど、たとえ1名様でも予約は1グループに限っています。

来た方とは、私たち自身が日常的にしていることを一緒にすることが多い。たとえば山に入って野生の茶葉を摘んで。焚き火をおこして蒸して煎って、一緒に飲んで。というのを一日かけてしたり。

そういうのはすごく面白い。ゲストによって好きなことは違うし、同時に二組のお客さまに対応するのは、難しいんですよね。

そういうアクティビティ情報をサイトに載せている?

郁子載せていません。来た人に「明日こんなんするけどしますか?」と聞いて、3時間かけて一緒に川を下ったり。海へ釣りにいったり。最近はサウナが人気で(森の中にサウナをつくった)、汗かいて川にドボンとつかったり。

Photo: Hisao Suzuki

一緒にすごすのが楽しい。南アフリカから来た人が、私たちにパンの焼き方を教えてくれたり。

そんなにいろんな人が来ているって、みんな知らないと思う。

郁子そっか。

彼らは神山をどう感じているんだろう。

郁子このまちのオープンな雰囲気とか、みんなが満足している感じ、附に落ちている感じとかあるじゃないですか。そういうところがいいね、と話していたりする。

それは、郁子さんたちに感じていることなんじゃない?

郁子んー、どうなんでしょう。私たちもあるかもしれないけど、やっぱりここのコミュニティの雰囲気もあるんじゃないかな。

町の人との接点もよくあるんですよ。たとえば「三味線を弾いてみたい」という人がいたら、近所の人に頼んで店に来て弾いてもらったり。「車の改造が好き」という人がいて、同じく改造車好きなまちの人を紹介してみたり。二人とも仲良くなって、彼は香港からもう3回来ている。

神山って観光名所というわけではないので、結局のところ、ここの暮らしを味わうことになる。たとえば一緒に草鞋を編むとか、神山の人が長年培ってきた暮らし方を一緒に体験したり。カフェに来ている北海道のお客さまのお母さまが、まだ一人で住んでいるんですね。「心配だからときどき訪ねてね」と聞いてもいて、私たちも声をかけがてら。

そのお母さまは、餅米の藁からすごくきれいな草鞋を編むことが出来る。そういうのに興味のあるゲストの方が来たら一緒に行って、編んで。

Photo courtesy: Ikuko Saito

昔は、遠くからいろんなものを引き寄せられなかったから、身近にあるもので工夫して、生活を美しくする技術があった。そういうのを一緒に味わっていると、「私たちの国にもこういうのがある」と聞かせてくれて。結局一緒だなって思う。

いろんな国があり、いろんな文化があり、みんな違う状況の中で生きているけど、人間が「幸せ」と感じることはすごくシンプルで。美味しいものを食べると楽しくなるし。近くにあるもので美しいものをつくれたときに、ホッとしたり。

そして「やっぱりここはいいな」と思ったり。帰って自分の国やまちも見直そう、と思ったり。そういうのって、すごくいい旅だと思うんです。

使っても減らない豊かさ

郁子神山はガチャガチャしていない。たとえばこんなツアーがあるとか、こんな店があるとか、看板もたくさん出ていないじゃないですか。
観光地ではなくて、いろんな人が普通に美しく暮らしを営んでいて。落ち着きがあって、いろんな集落があって。

私たちは一緒にカヤックに乗ったり、お茶を摘んだりしているけど、それは観光商品じゃない。商品にする必要がない。私たちの日常をすごしている。その中で一緒になにかをつくり上げているのが楽しい。

それは本来の分かち合いであり、旅人におもてなしをする精神ですよね。そうシンプルに考えれば頭がスッキリする。地元の人たちに会うと私たちも「幸せだな」と思う。愛情が深いし。そういうのをいろんな形で味わって、神山が好きになっているんじゃないかな。

旅先の時間が、消費になっていないのはいいね。

郁子ここに来る前の、私が都会で生きていた頃の人生のアセット(資産・財産)は、使うと減ってゆく。すごい競争社会の中でそこそこ出世して、お金というパワーをいっぱいいただいて、毎月貰えるからウワッハッハーと家具を買ったり旅行したり、欲しいモノや欲しい時間をお金で買っていた。

でもそのお金は使ったらなくなるもので、増えないんです。

ここに来ると、まったく違うアセットがある。たとえば近所の愛情のようなものは、使えば使うほど増える。神山の人たちが教えてくれる、木工や建築の技術、出汁用の小さな川魚をとる「ごろびき漁」の技術、石積みの技術。

そういうのは使えば使うほど増えてゆく。減らないし、むしろ磨きがかかる。

「使えば使うほど増えるアセット」に囲まれた暮らしの、落ち着いた幸せな気持ちは、もう全然違う。たとえば落ち葉を採りにいって、土にすき込んで、竹で菌を増やしたり。やればやるほど豊かになる。そういう暮らしは、本当はどの国でも手に入れられる。使っても減らない豊かさを、暮らしの中でつくり出してゆける。

そんなことを思い出すきっかけを、ここで得られている人が多いんじゃないかな。


と、郁子さん。この特集「Why are you here?/ほかの国から、神山に」では、外国生まれの9名と、その傍らにいる人の話を聞いてみます。

LINK
*1 カフェ オニヴァ(Café on y va)
*2 Airbnb/Ikukoさんの古民家の個室

Interview:2019年5月6日

文:西村佳哲、撮影:生津勝隆
制作協力:真鍋美枝、工藤桂子、藤本 彩
企画・制作:神山つなぐ公社