阿波人形浄瑠璃の人形座「寄井座ジュニア」が12月10日、初舞台を迎えました。

「寄井座」ではなく「ジュニア」なの?と気になった方、そうです。
小学生から高校生までの子どもたちで活動する人形座が、今年の春に動き始めました。

活動を支えるのは、神山でおよそ175年続く「寄井座」のみなさん。
これまで神領小学校の学童で結成された「すだち座」の指導を続けてきましたが、昨年度末に畳むことに。それでも「子どもたちが人形浄瑠璃に触れる機会を続けたい」という思いから、神山つなぐ公社の協力を得つつ、「寄井座ジュニア」の活動を試みました。

春の体験会を経て「やってみたい!」と手を挙げたのは、計6名。
神領小の児童2名と、神山校の生徒4名です。同じ町内にいても、なかなか交わることのない小学生×高校生という組み合わせは、新鮮です。週に一度、放課後の時間に鮎喰川コモンへ集まり人形浄瑠璃に励みます。


▲幕がかかっている板は「手すり」といって、人形にとっての地面にあたる部分。なんと、ジュニアの練習用に寄井座の楠本さんがオリジナルで制作したものなんだそうです。

彼らが遣う人形は、県内で人形制作をしているグループ「阿州でこじゅく」さんが「若い世代が人形浄瑠璃に挑戦するのならば」と応援の気持ちを込めて、無償で提供してくださったといいます。


▲製作の過程を写真とともに記した冊子も丁寧に添えられていました。

 

人形浄瑠璃の特徴の一つが、一体の人形を3人がかりで遣う*という点。世界的にみても、とても珍しいスタイルなんだそうです。

*人形浄瑠璃では、人形を操ることを「遣う(つかう)」と表現します。

人形の頭(かしら)と右手を担う「主遣い(おもづかい)」、左手と小道具の出し入れを担う「左遣い」、そして足の動きを担う「足遣い」。

人形がまるで生きているかのように見せられるかは、人形遣いの3人が、言葉どおり一体となれるかにかかっているのです。


▲人形の右手側にいるのが「主遣い」、左手側にいるのが「左遣い」。そして、後ろに「足遣い」がいます。

町外から神山校へ通う、蓑田海斗くん(写真左)が「主遣い」を担当しました。人形のかしらや手は木彫りで作られているため、比較的サイズの小さい今回の人形でも4kgほど重量があるそう。それを片腕で支え、一定の高さに保ち続けるのは、なかなか大変です。

そして、欠かせないのが太夫(たゆう)さんの存在。物語の語り手として、登場人物の台詞や、動作、心情、情景などさまざまなことを表現する役割です。

担当した大城由羅さんは、沖縄からはるばる神山へ地域留学に来ている高校3年生。「せっかく来たからには、なにか徳島のことをやってみたい」と考えていた時に、小野さくら野舞台での寄井座の公演を見て、「自分もやってみたい!」とジュニアへの参加に至りました。

「ここの音程がわからない」という彼女の声に、寄井座のみなさんはすかさず駆け寄ります。つまずいた時には、できるようになるまで一緒に歌ったり、お手本を見せたりと、熱心に寄り添って指導にあたる姿がありました。

 

今回挑戦した「えびす舞」は、家内安全や商売繁盛を願う縁起の良い演目。福の神である”恵比寿さん”が船に乗り込み、大好きな釣りに出かけ、さまざまなものを釣り上げるという物語です。

見せ場の一つが、「恵比寿さんが、大きな鯛を釣り上げる場面」。

水面のなかに大きな尾ひれを見つけた恵比寿さんは、振りかぶって竿を海へと投げ込みます。逃げる魚、引っ張る恵比寿さん。駆け引きがあった後、勢いよく釣り上げたのは、恵比寿さんよりもはるかに大きく立派な、鯛。

この場面を表現するには、人形遣い3人の動きと、舞台下から鯛を勢いよく飛ばす人とのタイミングがとっても重要です。

練習では、人形遣いの竿捌きと、鯛の飛び出すタイミングが合わず、なかなかうまく釣り上がりませんでした。釣り糸がたるみ鯛がだら〜んとなったり。なかなか苦戦している様子。


▲鯛も、寄井座の楠本さんによる手作り。とっても立派です!

さて、どうなるでしょうか?迎えた本番当日。

初舞台は、なんと徳島の人形浄瑠璃の一大拠点「阿波十郎兵衛屋敷」
県内各地で人形浄瑠璃を受け継ぐ小学生〜大学生までが、日頃の成果を発表する「徳島県民文化祭」での披露でした。

舞台へと視線が注がれるなか、
いよいよ幕がひらき、寄井座ジュニアたちの出番…!

・・・が、なかなか主役の恵比寿さん(人形)が出て来ません。

じっと見守るお客さんも、「どうしたんだろうか?」とそわそわ。

あとから聞いたところ、人形のからくりに使われる糸が切れるというアクシデントが起きていたそう。まさか、本番でそんなことが…!

しかし、そんな不測の事態にも動じず落ち着いて仕切り直し、芝居を披露します。


▲鯛を釣り上げる場面の前。客席から見えないように背を屈めているのが、鯛を釣り糸にひっかける担当の糸井藍来くん(小学5年生)です。


さて、いよいよ例の場面が近づいてきました。見ているこちらも、緊張。心の中で「がんばれ!」と応援します。


恵比寿さんが釣り糸を垂らし、勢いよく引き上げると…

お見事!
食いついた鯛が勢いよく飛び出し、客席の目の前を華麗に舞います。
これには会場のお客さんも思わず「おぉ」と声を漏らしていました。

無事に、最後までやり切った寄井座ジュニアたち。

披露直後に舞台上で行われたインタビューでは「アクシデントはあったけど、みんな楽しんでできたかなと思います。初めてだったので緊張はしたけど、それよりもワクワクが勝っていました。」と大城さん。

また、寄井座の方によるタレコミでは「本番前に、緊張で唇真っ青にしていた」という蓑田くんは「今、高校3年生なのでもうすぐ卒業して就職するんですけど、仕事の合間にも人形浄瑠璃を続けてみたいです。」と、頼もしいコメントを残していました。

小学生の糸井藍来くんには後日、お母さんを通して感想を聞いてみると「普通に楽しかったよ。達成感がある感じ。コモンが練習場所っていうのがいい。浄瑠璃をやっていない他の人がいるのがいい。本番はなんもミスらんといけたけん良かったよ。本番の舞台もコモンで練習するのも何も変わらん。場所が違うだけ。ミスったらいややなーと思うけど(笑)裏方が楽しい!」応えてくれました。
 

初舞台を終え、指導にあたった大人たちはどんな風に感じていたのでしょうか?改めて活動を振り返り、感じることを寄井座の座長・楠本さんと、糸井さんに伺いました。

寄井座ジュニアの活動は、どうでしたか?

楠本さん最初は心配したよ。本番までに間に合うんかな?って。そのくらい高校生はバイトや就活で忙しくて、なかなか練習に全員が揃わんかったからな。でもまあ、やったらやれるもんやな。

糸井さん忙しい合間を縫って練習に来て、難しい状況の中でもよくやっていたなって思います。「なんでそんなに頑張ってくれたんだろう?」って思うくらい、ありがたさを通り越して、感激です。それに、高校生みんな素直で、年下の小学生にも、年上の人にも接し方を変えたりせず、同じように話していて、すごいなって。

楠本さん ほうやな。わしが子どもの頃の高校生はあんなんでなかったけどな。(笑)

糸井さん 参加している小学生にとっても、わざわざどこかの稽古場に行って練習するんじゃなくて、コモンで本を読んだり、ゲームしたりしている延長線上で、娯楽の一つとして取り組めたのがよかったんじゃないかな。

今年は、寄井座ジュニアのいい1年目を送れたと思います。高校生たちは全員3年生で卒業してしまうけど、一緒に楽しむ仲間がこれからも増えていくと嬉しいな。

・・・

初年度を無事、走り切った寄井座ジュニアたち。活動は、今後も継続していく予定です。

放課後の時間をどんな風に過ごすかは自由です。読書をしたり、スポーツをしたり、友達と遊んだり。どれもいいけれど、週に一度、寄井座のみなさんと集まって人形浄瑠璃をやってみる。そんな選択から、これまでにない人との関わり合いや、経験が生まれたり、誇れる趣味や特技を手に入れることができるかもしれません。

 

◎座員募集中
寄井座ジュニアは、小学2年生〜高校3年生の座員を募集しています。
「気になる」「一度見てみたい」というお子さんの見学も可能だそうです。

詳しくは、神山つなぐ公社・秋山、または下記メールアドレスへお問い合わせください。
yoriiza.kamiyama[at]gmail.com  *[at]を@に変換してください。

<参考>
徳島県立阿波十郎兵衛屋敷HP
https://joruri.info/jurobe/

特集「放課後・休日の子どもたち」スピンオフ/第1話 寄井座
https://www.in-kamiyama.jp/diary/63004/