神山町にはしばらく、常設の本屋さんがありませんでした。残念ながら長年、図書館もありません。

ボランティアのみなさんによって「ほんのひろば」の活動が定着し、そこから公民館各所、鮎喰川コモンと本に触れられる・本を借りられる場所が町の中に広がってきたこの数年。
とうとう久しぶりに、神山町で本を購入できる「まちの本屋さん」がオープンしました。
お店の名前は「サムブック」。

店主は、「ほんのひろば」運営でもお馴染みの駒形良介さんです。
開店は、まちの色々なところに移動しながら、月数回。店舗を構えているわけでもないので、まちのどこかで出会えたらラッキー。本の注文もできます。

本を頼んでもネットショップみたいにすぐに届くわけではありません。
だけど、サムブックで買った本、注文した本は、不思議と人が作り、人の手を渡ってきた本という温もりを感じます。

このまちにもっと本に触れられる場があって欲しいと願い続ける駒形さん。蝋燭の灯りのように、まちを仄かに照らしはじめた本屋「サムブック」への思いを伺いました。

この形でお店を開いたのはどうしてですか?

まちの中に、本を売っている場所がある。これだけで気分が上がる人は、いると思うんです。自分がまだ店舗を持つ状態ではなかったけれど、でも、ひとまず、本が買える状況を作りたかったんです。

「サムブック」という名前は、でっかい完璧な本屋さんじゃないので、いくつか、自分にとって大切な本が見つかるといいな、という意味でつけました。僕の大好きな、ソウル歌手Sam Cookeの名前にもじってもいます。

  

「ひとまず本が買える状況を作りたかった」というのは、まちのため?それとも自分のため?でしょうか?

どちらもです。「ほんのひろば」をやっていると、色々な世代とお話しするんです。

本を読みたい人には、色々なタイプ、層がある。お一人暮らしで暮らされている方とか、街に出ていく体力とか、気力がなくなっている世代に1冊でも、好きな本を買える状態を作れたらいいなぁと思って。

そうなんですね。そもそも、新潟出身の駒形さんが初めて神山に来た時のことを教えてください。なぜ神山町役場に就職することになり、まちの図書室「ほんのひろば」(※1)の活動に関わるようになったんでしょう?

新潟出身で、大学は和歌山でした。新卒で入ったのが9年前ですね。
「隠された図書館」を見にきたのが、きっかけです。

自分がどういう仕事をしたいかなと考えた時に、僕は子どもの頃から図書館にいた時間が多かったので、図書館や本に関わる仕事ができたら、いいな、と考えていました。それで大学は最後の2年間で、中小の自治体の図書館を大学で研究し、教授に付いて色々な図書館を巡ったりしていました。

神山へは、KAIR(神山アーティスト・イン・レジデンス)に直接連絡して、訪ねていったんです。1人で、南海フェリーに原付を乗せて。山道を行けども着かないし、ちょっと不安でした(笑)。

すぐに帰る予定でしたが、KAIRの工藤桂子さんたちがまちを案内してくれたんです。ちょうどその日、えんがわオフィスの開所式でした。開所式に混じってご飯食べさせてもらって。えんがわのことも、サテライトオフィスのことも全く分かってもないのに、いっぱい人に会った不思議な1日でしたね。

(※1 ほんのひろば:認定NPO法人グリーンバレーが市民ライブラリー活動として行っており、駒形さんなど本好きの有志数名が、広野小旧校舎、農村環境改善センターなどでボランティアで行っている活動。図書館のない町内で、まちの内外の人が図書に触れられる機会を提供している。https://honnohiroba.mystrikingly.com/

まちのイベントと、駒形青年の初訪問が不思議に一致した1日ですね(笑)。当時の駒形さんにとって、隠された図書館はどのような印象を持ちましたか?

コンセプトが、素敵だなぁと思いました。「図書館がないところだから、アート作品として、成り立つものなんだな」と思って。「まちに図書館がない」って、どういうことなんだろうと思って、もうちょっとまちの環境を知りたくなったんです。

図書館のあるまちに「隠された図書館」があるのと、図書館のないまちに「隠された図書館」があるのとでは、確かに存在の意味が違う気がしますね。

図書館の勉強をしていた時に、卒業旅行でヨーロッパの図書館を見てきたんです。衝撃だったのが、オランダの図書館。中央図書館の1階から最上階まで、図書館なんですが、階層ごとに雰囲気が違って、1階は裸足で動ける子ども達、明るい書棚。2階以上は学生や調べ物をするご老人がいて、レコードがあったり映画を見られる階があって。最上階は、ライブキッチン、バーもあるんです。階層ごとに色々な雰囲気を持っている。

しかも、中央図書館の外には、地区ごとの小さな図書館が整備されているんです。そこをハブにして身近に本が読める環境が整っていたことが衝撃でした。

僕の育った大学の先生というのが、公立図書館が日本には少ないというのをおっしゃられている方でした。「子どもが歩いて行ける範囲に、図書館は存在する必要がある」「中学校区に1つはまちの図書館が配備されていて、調べ物や学習、趣味や余暇に使えるような環境にしたい」と考えている先生だったのですが、それが実際に実現されていた。

 

ちょっと「ほんのひろば」で駒形さんたちが実践されていることと似ているように感じます。神山町役場でも、神山の図書の整備をされていた時期もあったとか。

はい。役場に入って、最初の所属課が教育委員会。図書の仕事をやりたいと言ったら3年目ぐらいに読書の担当にならせてもらえました。自治体目線での図書推進みたいなところに関われるようになって。ほんのひろばは、農村環境改善センターの蔵書が見られるよう、図書スペースを明るくしていこうかというのがきっかけですね。自治体の担当者として一緒に動いていたけれど、その後はライフワークとして一緒にやらしてもらっています。

「本屋さん」がある、というだけでまちが違うように感じるのは気のせいでしょうか。

本を買える環境がある、それだけで安心する人もいる。
本屋さんって、なんか、こう、存在感がありますよね。
まちで1つの役割があるというか。

町内には峯書店という本屋があったんです。最近まで美容室などに週刊誌を卸すといった役割をされていたみたいです。一般の町民の方は、神山町に本屋さんがあったとは知らなかったと思います。僕は、峯書店さんのことは、教育委員会の図書担当だったから知っているんですが、峯書店があったおかげで、学校図書館が成り立っていた。そこが廃業になるというのを、僕がまだ役場にいた頃、一昨年の年末ぐらいに聞いたんです。

峯書店がなくなるということは、本当の意味で、神山に書店がなくなるということ。
そこで自分にできることはないかなと思うところはありました。

峯書店と僕の役場退職は関係はないんですが、退職後は、大きな枠で本のことをやりたい、という気持ちはありましたね。

 

どんな方が本を頼んでいますか?

メールとか、電話番号か、インスタか、色々な方法で、みなさん頼んでくます。直接来て、フラッと頼んでいく方もおられて。「なかなか空いてへんけどな、そんな急ぐ本でもないから、お前のところで頼んでやるわ」と。

サムブックは、わざわざ日程を合わせないと出会えない。そして看板も小さいし、探さないと見つからない。商売っ気がなさすぎるように感じるんですが(笑)。

存分に開きたいんですけどね。でも、ゆるゆる1週間に1回か、2週間に1回くらいしかできない(笑)。皆さんが、そういうのを受け入れてくれるのは嬉しい。
心のどこかでは、「全然売れなくてもいいや」と思ってしまうのは悪い癖です。商売に向いてないかも。

僕は常々図書館ができればいいと思っているんです。拠点があって、人が本のことを考える基盤があればいいなと。ただ、思い続けてはいるんですが、環境的にそれが可能ではない現状。「自分たちができることはないか」と考えていて、色々実験しながら、今があるという感じですね。

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サムブックは、店舗を持たない本屋さん。ですが、寄井商店街の豆ちよボックスセンターなどで不定期開店しています。この日の取材も、豆ちよボックスセンターの開店日に合わせて行いました。駒形さんが「自分が買いたい」と思う本ばかり200冊。仕事終わりに立ち寄る人、ずっと読みこんで動かない人、豆ちよ焙煎所でテイクアウトしたコーヒーを片手に本を読む人。夕暮れ時を思い思いに過ごす皆さんがおられました。まちの新たなスポットに勇気づけられているのは、本好きの皆さんだけではないだろうなとも感じます。

サムブック
Instagram:some_book_kom
連絡先:サムブック駒形さん 090ー6925ー0576
※Instagramのダイレクトメッセージや電話などでの連絡でも注文できるそうです。