安岐理加

2008年度 神山アーティスト・イン・レジデンス招聘作家
2008/9/6-2008/11/11 神山町滞在

香川県小豆島生まれ。名古屋芸術大学彫刻科卒業、沖縄県立芸術大学彫刻科研究生修了。
学生の頃より野外彫刻展へ参加し、その経験から場所と人々の記憶の関係性に興味を持つようになる。近年は日常的な素材を用いて学校や老人養護施設などでワークショップをおこない、他者と関わりながら生成してゆく過程を重視したインスタレーション作品を発表し、パフォーミングアーティストや音楽家らとのコラボレーションも積極的におこなう。東京都国立市在住。
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寄井座にて。「記憶の森」制作中。

→制作風景
→作品一覧
記憶の森
杣径
Artist statement
講評

寄井座作品「記憶の森」


寄井北作品 「杣径(そみまち)」

アートという存在を、私たちはどうして受け入れる用意があるのかを知りたいと思っている。
根源へ、根源へ。
土地と人との記憶を尋ねる。
神山の昔からの径を歩いていると、船戸さんやお不動さんをいたるところで見つける。
この土地で暮らし、慎ましやかな営みを送る人々にとって、それらの存在はどのように発生したのか、古への妄想はやむことはない。
日常を営むその淡々としたリズムの繰り返しの中での彼らの豊かな感受性と、土地や他者への敬愛と、そして日々への問い。
私はそれらにより添いながら、日々とアートの幸せな関係を探したいと思っている。

われわれは堂々めぐりをしなければならない。このことは窮余の措置では ないし、また欠陥でもない。この道に足を踏み入れることは強さなのであり、そして、思索が手仕事であるとすれば、この道にとどまることは思索の祝祭なのである。(Martin Heidegger 杣径より)

(安岐理加、2008)

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+++講評

これまで、その土地とひとの記憶を辿りながら作品を制作してきた安岐は、神山の土地に強い関心を持って訪れた。彼女は、まちや山々を歩くことから始め、そこに生活する人々の吐息や笑い声など、彼女の出会う出来事や感覚をゆっくりと噛み締めていくことで、作品に深度を加える作業をしていった。この作家のもちまえの人懐っこさとテキパキとした立回りに多くのまちの人々が、心を許して会話を交わしたであろう。それは、一見は遠回りに見えるが、アーティストが蓄えてきた処世術ともいうべき造形へと向かう早道だったのではないだろうか。森を考え、道を辿る。これは、彼女の一貫した創作への意欲である。そして「杣径」は、これまで数多くの作品に使われてきた言葉だが、この度の「杣径」は神山の土地に訪れ、出合った人々の記憶を辿るうちに見えてきた、新しい道を築いていくことだった。
ある日、樽のようしっかりした造りの小窓を持った造形物「杣径」は、台風の日に突風に吹っ飛ばされた。それにも関わらず、魔法のじゅうたんに乗ったように、その姿は崩れることも無く元のまま畑に転がっていたのだった。杣人の仕業か、何かの魔術がかけられたのかもしれない。気持ちが高まる緑風の吹く日に、ひとりでこの建物に籠もってみたい気がする。なにやら、ちちんぷいぷい、などと呪文が聞こえてくるかもしれない。猫のあくびが似合う昼下がりに、そんなことを考えること。そんなことが、神山では赦されるのである。
翌年になって、この「杣径」で、子どもたちが内部壁面に絵を描くというワークショップを行なわれた。青い大空の見える神山の風景が、目にしみる。子どもたちの笑い声が、いまでも聞こえてくるようである。現在、多くのKAIR作品が設置されている山の中腹に「杣径」は設置されている。この作品から山麓のふれあい公園を望めば、まさにグリーンバレーが広がっている。神山の自然と対面しながら、緩やかな時間を過ごすこと、そんな場面を作品の佇まいが寄せてきているのである。

嘉藤笑子(武蔵野美術大学非常勤講師)