Ulrika Jansson
ウルリカ・ヤンソン

KAIR2012 招聘アーティスト

1975年生まれ。2005年にストックホルムのコンストファック芸術工芸デザイン大学にて、美術学修士課程修了。スウェーデンやフィンランドの美術大学で教鞭をとるかたわら、現在は制作依頼を2件受け、パブリックアート作品に取り組んでいる。

表現方法は彫刻、ドローイング、インスタレーション、ビデオ映像と多岐に及ぶが、知覚、場所、アートと自然・環境問題の関係に興味があり、その場所特有の現象に着目し、自然環境の中で場所に直接働きかけるような作品を制作する。

現在は植物や自然の素材を利用したアニメーションビデオや彫刻を中心に制作しており、素材そのものが踊りだすような、動きを通して彫刻を体験させる手法を試みている。これらのストップモーションビデオは、その土地の諸条件や特性を考慮し作ったサイト・スペシフィックな作品であり、鑑賞者にその場所を再認識させ、自然や周辺の風景、その土地の歴史とのつながりを感じさせる。ストックホルム在住。
→Ulrika Jansson HP

   
Living forest, living culture

ストップモーション・アニメーション(コマ撮り動画)

ストップモーションアニメションは物理的な跡を残したり、環境に害のある材料を使うことなく、自然の中で制作できる作品形態です。また、時間の流れをスローダウンさせ、現地の素材やその場所をより綿密に観察することにより、普段は見えていないような自然の中の微妙な変化にも気付くこともできます。一方で、映像作品は、制作過程において、天候や利用できる自然素材、地元の住民やそこで生息する動物など、その土地特有の条件や環境に大きく左右されるので、自然に抵抗して奮闘するのではなく、自然に合わせて作業しなければなりません。また、映像作品を制作するのは(編集段階まで完成イメージが見えてこないという点では異なりますが、)自然の中で風景を描くのと同様で、一瞬をとらえた画像を使って、
自然のキャンバスにスケッチするようなものです。また、一コマ毎に作品に登場する素材の形や配置を変えていくのは、何度も繰り返し彫刻を作っていくようなものです。私にとってアニメーション作品とは、自然や周りの風景に対する理解を深め、自然の生き様をコミカルに表現する手段なのです。
今回の作品では、森や農村の風景に見られる自然素材が大粟山の天辺から旧酒蔵まで移動する様子を描いています。私たちの身の回りにある自然素材はさまざまな用途に使うことができます。この作品ではそのような身近に手に入る素材に焦点を当てたいと思いました。

インスタレーション

私は現代社会のライフスタイルにより引き起こされる気象変動などの環境問題を非常に危惧しています。皆何とか食い止めようと尽力をつくしているにもかかわらず、地球の温度は上昇し続けています。これらは非常に複雑な問題で、個人や共同体レベルで解決できるものではありませんが、私たち一人ひとりがどんなに小さなことであれ、環境に対してできることがあるはずです。日本には豊かな文化やその土地の自然素材を利用する知識もあり、昔から伝わる技法も多々残っており、神道信仰における自然に対する畏敬の念は、日本の文化の基礎を成しているように思われます。この点で、日本は持続可能な社会を築く素地が揃っていると言えるでしょう。その一方で、他の工業国と同様に、日本は車中心で化石燃料に依存した社会との側面もあり、日本を訪れる外国人が驚くほどにプラスチックの大量消費や過剰包装が見られます。リサイクルをするにしても、物を浪費することに変わりなく、エネルギー消費にもなります。気象変動を止めるためには、もっと根本から世界中の社会を変える必要がありますが、その答えは、地域固有の技術、手作りの製品や自然素材にあるのではないかと私は考えます。必要な知識は日本、そして神山にすでに存在しているので、毎日の生活の中でもっと活用していくべきだと思います。
酒蔵に展示したインスタレーション作品では、現代社会を象徴する素材と自然素材や神道に関係した物品の対比感を出したいと思いました。これらの素材の上に、神山周辺の山の形をイメージして、柿渋で染めた麻布をかぶせてあるので、中身は部分的にしか見えませんが、覆いをかけたり、何層にもすることで、中身をすべてを見せてしまわない、または表面のみしか見えないようにするというのは、非常に日本的な発想ではないかと思います。
藍や柿など、この地域で育つ植物を使って草木染めした布のエコバッグもインスタレーションの一部として展示しており、展示期間中も前野亮治氏のご指導の下、他の植物を使ってさらにバッグを染め上げる予定です。草木染めのエコバッグも小さなことかもしれませんが、日々の生活の中でプラスチックを使わないことを思い出させ、持ち運びする度に、昔からの伝統や自然とのつながりを感じさせるものだと思います。

お礼
KAIR実行委員会のスタッフやサポーター、ボランティアの皆様、映像作品に出演して頂いた児童たち、その他、この作品の制作にご協力頂いたすべての方々に深くお礼申し上げます。皆様のサポートなくしては成し得なかったことであり、多大な時間と労力を割いて、最後まで根気強くサポートして頂き、心より感謝しています。ありがとうございました。


展覧会場: 名西酒造酒蔵(神領 上角地区)
ビデオインスタレーション



 


スウェーデン出身のウルリカ・ヤンソンは、被写体を少しずつ動かして、その動きを写真でコマ撮りをするアニメーション制作を行った。コマ撮りによるアニメーションは、すでに母国でも同様な手法で制作していたこともあり、技術的には手慣れていたと思うが、初めて訪れた地で自然風景を活用して、一コマずつ撮影を行うのは、かなり大変な作業であった。およそ10分間の作品は、滞在中のスケジュールや天候に左右されながら2~3週間にわたって毎日ように様子を見ながら進められた。撮影環境として日々変化する採光や色調を整えるために、いわゆるピーカン(快晴)ではなく、曇天(薄曇り程度)が選ばれて、時間帯もお昼時の3-4時間程度に行うという、かなりタイトな撮影スケジュールだったようだ。
彼女のアニメーションは、神社にお供えをしていた徳利や茶碗、道端の石ころ、あちこちで転がっている枝葉やわら束、さらにはポリ袋の詰まれた複数のゴミまで、まるで生命が宿っているように生き生きと動き回り、こころを持っているかのように演技をしている。ここで登場しているモノたちは、すべて神山の町なかで見かける素朴なモノばかりなので、誰でも目にしたことはあるはずだ。だからこそ、眼前で魔法をかけられてゴソゴソと動き回るモノたちが、余計にワクワクとさせて心を躍らせる。子どもから大人までが素直に喜び、その様子にクスっと笑いがこみ上げる作品だ。スクリーンの前で小さな子供が、神山の方言で「茶碗が動いとる!」と言うと転げるように笑っていたのが印象的だった。
ヤンソンが、自然をモチーフに作品を制作しているのは、環境意識からである。KAIRのように自然豊かな地で環境に害のある材料を使うことはできないし、そうした素材を含んだ作品を野外に設置することに抵抗があった。もちろん、彼女は立体作家ではないが、撮影時においても環境に対する配慮はあった。
彼女にとってアニメーション制作は、地道な作業を繰り返しながら、対象となる環境に深くじっくりと向き合うことになった。それは、コマ撮りの被写体となるモノばかりではなく、その場所や周辺の風景をじっくり観察することになるのである。制作中の反復行為から、普段は見なれてしまって埋もれている感覚を呼び覚まし、微妙な変化や些細な出来事を映像に定着していった。したがって、映像という仮想表現であるにも関わらず、自然に寄り添うことで完成された作品になっている。この一連の作業の一つひとつが、作品の細部に表情として加わることで芳醇な魅力になった。
今回の展示場所である「名西酒造酒蔵」を選んだことは、どうやら必然のことらしい。実は、この場所を上映場所に決めたことでアニメーションのストーリーが出来上がったともいえる。この地域で語られている神道についての話がある。上一宮大粟神社の場所を決める際に大粟山の天辺から酒樽を転がして、それが止まったところに建立したという言い伝えがあり、ヤンソンのアニメ作品はこの話が起点になっている。地元の陶芸家・高島克晃の酒徳利が山頂から神道を伝って下り、酒蔵まで転がってくる途中に家来たちを従えるように、どんぐりや松ボックリ、杉枝や藁など様々なモノたちが酒蔵まで後続して行くのである。終点の酒蔵に到着すると、柿渋で染めた麻布に連れ立ってきたモノたちが覆い隠される顛末である。酒蔵の中に酒蔵だった当時使われていた古い柿渋で染めた麻布がかかっており、その麻布を作品に取り入れたいと思ったヤンソンは同じ手法を用い、柿渋で麻布を染め、スクリーンを飛びしてきたかのように会場で映像に登場したモノたちと共に陳列したのである。映像とリアルな世界が交差することで、モノたちの物語は、神話と現世を行き来することにもなった。同様に大粟神社の祭神である大宜都比売(オオゲツヒメ)が、食物の神であることを聞き、彼女の身体から生まれた五穀(繭玉、米、粟、大豆、小豆)が、子どもの顔面でも踊っている作品になった。ヤンソンは、神山に伝わる民話や言い伝えをただ際立たせて見せるのではなく、さりげなく登場するモノたちがコミカルな動きによって代弁していく。それは、陽だまりのなかでモゾモゾと動き回るモノたちが、どこかに潜んでいるのではないかと、つい森の中を探したくなる心温まる作品だ。

嘉藤笑子
跡見学園女子大学/武蔵野美術大学兼任講師
アート・オウノトミー・ネットワーク理事長