
特集:つなプロ「すまいづくり」の今までとこれから ❸「まちの社会資本」として、空き家と向き合う
住まい2025年5月19日
神山町は、2060年に向けて「人口3000人以上」と「各学級20人以上」の維持を目指しています。その実現には、安心して暮らせる住まいの確保が欠かせません。しかし、移住希望者が増え、住まいの問い合わせが増える中、物件の数が希望に追いつきませんでした。これが、町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」(以下、つなプロ)で「すまいづくり」が始動した理由です。1期(2016ー2020)、2期(2021ー2025)を越えて、第3期策定も目前。神山つなぐ公社(以下、公社)の取り組みの9年間を振り返り、5回にわたって「すまいづくり」がもたらした変化と、これからの課題を整理していきます。

改修される前の「西分の家」。伝統工法で建てられた家を丁寧に修繕し、さらに次世代につなぐことが、地域を元気にしていきます
町に空き家はあるのに、条件に合う物件が少ないという現実
特集①②で紹介した2軒のすみはじめ住宅、大埜地の集合住宅が竣工しても、希望者に対して、まだ家が足りない状況は続きます。
公社と役場、NPO法人グリーンバレーは、つなプロ1期から3者で協力しながら、様々な形で空き家活用を促す対策を検討・実施してきました。家の持ち主向けには、空き家活用の可能性を伝えるパンフレットを作成。パンフレット簡易版のチラシを固定資産税の納付通知書に同封したり、所有者向けの空き家相談会も開催したりしてきました。グリーンバレーでは、空き家になる前に活用可能な住宅を事前登録する「お家長生きプロジェクト」という仕組みも立ち上げています。神山で住まいを探す人にも、空き家の探し方に加え、空き家以外の選択肢もあることを伝えるパンフレットを作成・配布してきました。
さらに2021年以降の2期、公社は空き家の活用を模索する中で、3つ目の改修物件を検討しはじめました。
「集合住宅をもう1つ作ってはどうか?」という意見もよく寄せられましたが、新規物件開発を行うのは、土地取得から建設、運用維持管理も含めて大事業。町役場にとって、続けての取り組みはハードルが高い。また、自社スタッフのために住まいを必要としている神山に地縁がある法人ですら、ちょうど良い物件が見つかっても改修費が高く、物件開発はなかなか進みません。
公社は2軒のすみはじめ住宅を開発・運用してきた経験から、同じ仕組みの住宅をもう一度採用することに。空き家を現代の暮らしに合った形で改修し、新たな住み手が地域に加われば、集落を守る一助になることも期待できると考えているからです。
もちろん移住政策としてはすみはじめ住宅をもう1軒増やしたところで焼け石に水かもしれません。しかし、1期を経て、製材所・設計士・大工・施工業者など、まちの工務環境のチームワークが高まってきたところ。この状況で3軒目を整備することで、民家活用を阻む要因を明らかにし、新たな改修補助金のあり方なども模索できると考えました。

1期で整備した「西分の家」。左が改修前、右が改修後。梁が落ちていた部分は思い切って減築しました。まちの工務関係の人たちが一丸となった改修工事でした
対象地域については、「すみはじめ住宅」がすでにある神領・鬼龍野地区以外。主に広野・阿川地域を対象に神山町移住交流支援センターや地域のキーパーソンたちに物件がないか相談しました。
探していたのは、町水道が通っていること、車でのアクセスの良さ、改修費がかかっても損にまではならない物件。そして、その地域にいい影響が生まれることが期待できそうな物件。住まいを探す上では「高望みではない」と考えていた条件です。しかし実際に地域を巡りながら空き家を探してみると、条件に合致する候補物件はほとんど見つからなかったのです。
1つの物件を検討しては断念、また新しい物件を検討しては断念ということを繰り返す4年間となりました。断念の理由は様々ですが悔しい思いをする中、空き家の現状がいかに厳しいか改めて理解した期間となりました。
活用をはばむ「相続の未登記」解決に向けて。まちの空き家の登記を支えるセミナー
空き家問題は、全国的な社会課題です。特に「所有者が亡くなった後、相続登記がなされないまま長年放置され、持ち主の分からない不動産が増えている」ということも大きな問題になっています。相続未登記の物件は、売買できず、賃貸でも実務上、難しくなります。実際、公社が検討した中でも、相続登記完了までの時間がかかる懸念から、活用を諦めた物件もありました。
しかし、家主さんたちだけに責任があるわけでもありません。2024年度に義務化されるまでは、家の持ち主が亡くなっても相続人に名義を変えることは義務ではなかったからです。
子や孫が使い続ける分には、相続未登記でも特に差し障りがなかったため、何十年も前に亡くなった先代、先先代の名前で登記されている家もまだまだあります。
そんな状況を変えるため、公社が新規住宅整備と並行して2021年から行ってきたのがセミナー「司法書士さんに聞く家の相続登記の話」(以下、相続セミナー)でした。

家の相続の事例について熱心に耳を傾ける参加者のみなさん
相続セミナーでは、司法書士から登記手続きや事例を学び、移住交流支援センターから賃貸・売買の流れも紹介しています。空き家を移住希望者へつなぐ同センターへの登録にもつながっています。
「いつか息子/娘に手渡すことを思うと、未登記で困らせたくない」
「相続登記が義務化されたけれど、何から手をつけたらいいかわからない」
主な参加者は、子や孫が困らないようにと考える親世代、相続時に備えたい子ども世代の60・70代。親子一緒の参加もありました。
2021年度は11組、2022年度は14組、2023年度は21組が参加。2024年度は相続登記が義務化された影響の大きい年。開催回数を増やしたこともあって、38組が参加しました。いずれも参加者のほとんどが講義後の司法書士さんの個別相談を利用する熱心さ。セミナー後、登記を済ませた家主さんも少なからずいます。空き家が放置される状況に変化が生まれています。
「貸してもいいかも」ーー家主さんの意識に変化を作るために
新規物件探しに駆け回る4年間の中で、家主の皆さんに前向きな変化を感じる場面もありました。「管理が大変なので、公社で活用してもらえたら」、「誰かに住んでもらって、まちの役に立てて」と考えてくださる貸主さんたちもいました。
つなプロの別プロジェクトからも、「貸主さんが貸してもいいと思える仕組み」を作るヒントも見えてきました。
きっかけは2024年9月に公社が実施した「すだちワーキングホリデー」。町外在住の人がスダチ収穫のアルバイトをしながら滞在する企画です。宿泊所としてある民家を10日間借りました。家主さんは「家は3ヶ月使わないと傷んでくる。少しでも人に使ってもらえるならと思った」と化してくださった理由を教えてくれました。「周りの人からは『ずっと貸したくないけど、たまに貸すのなら、ええかな』という話も聞く。賃料を含め、貸す安心感が大きくなれば『空き家にしておくよりもいいですよ』と周りに伝えやすくなる」。
空き家活用の手掛かりは、家の貸し方の選択肢を増やし、貸す安心感を作ること。別プロジェクトから、すまいづくりプロジェクトの気づきが得られたのです。

すだちワーホリの参加者は、貸主さんをはじめ地域の人との交流もたっぷり経験。「顔の見える」おつきあいになりました
空き家も「まちの社会資本」。必要な人に住まいを循環させたい。

冒頭で紹介した「西分の家」改修後。「すみはじめ住宅」として人の集う場所になっています
今、まちの中には、静かに次の役割を待っている家や土地があります。一つ一つは個人の所有物であっても、空き家も土地も、単なる「使われていない場」ではありません。紛れもなくまちの風景の一部であり、人の営みや地域の活力を支える大切な要素です。
手入れが行き届けば、新たな住人を迎え、地域コミュニティを将来へつなぐ担い手。「可能性のある建物」と考えることもできます。空き家・空き地は新たな役割を持つことで、住む人だけでなく、周囲の暮らしにも良い影響を与えることができるかもしれません。
時代やライフスタイルの変化に合わせて、売却、賃貸、リフォーム、短期利用など、様々な形で次の担い手へ手渡されていくことは、家を「社会資本」として活かす道ではないでしょうか。
大切なのは、個人資産であってもその影響がまちに及ぶことをことを、一人一人が自覚すること。家は、使わなければ、重荷になる。使えば、まちの力になる。このシンプルな可能性に気づく人が少しずつ増えていくと、10年後、20年後のまちはきっと、より魅力的な場所へと変わっていくと思います。
「大切な家を、将来の世代のために、そして自分の故郷のために役立てたい」。そんな前向きな空気を地域に広げていくこと。空き家問題と向き合った2期を通して、少しずつ見えてきた3期のテーマです。
次回は、「神山の風景」を守るための景観計画についてお伝えします。
文:中村明美(言語化Art)
企画:馬場達郎、高田友美、小池裕子(神山つなぐ公社)
【もっと詳しく知りたい方へ】
つなプロの「民家改修プロジェクト」(すみはじめ住宅)について
つなプロの「民家改修プロジェクト」関連映像
グリーンバレー/移住交流支援センターによる「空き家のミカタ」
空き家相談はじめました
神山で家探し
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