特集:つなプロ「すまいづくり」の今までとこれから ❹ 景観計画の策定・運用を通じて、風景を「まちの財産」に

住まい2025年6月20日

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投稿者:神山つなぐ公社

神山町は、2060年に向けて「人口3000人以上」と「各学級20人以上」の維持を目指しています。移り住む人も、還ってくる人も、住み続けたい人も、まちに「人がいる」ためには「いい住居」が欠かせません。これが、神山町創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」(以下、つなプロ)に「すまいづくり」という領域がある理由です。1期(2016ー2020)、2期(2021ー2025)を越えて、第3期策定も目前。神山つなぐ公社(以下、公社)の取り組みの9年間を振り返り、5回にわたって「すまいづくり」がもたらした変化と、これからの課題を整理していきます。


「神山らしい風景」を将来につなぐ仕組みをつくる

集合住宅プロジェクトや、すみはじめ住宅などで住宅不足を解消しつつ、まちの景観に馴染み、「神山らしい」景観のあり方を示してきたのがつなプロ1期(2015-2020)です。並行して、70年先を見据えた森づくりの考え「神山の森林ビジョン」(2019年)策定などを通じて、まちの中で少しずつ「景観」「風景」について考えることが大事だという空気が醸成されてきました。

しかし、その一方で、建設の現場に目を向けると、町役場やまちの人の知らない間に「景観に配慮されない開発」ができる状態でもありました。神山町は土地利用の規制が少なかったからです。

神山町の風景は、気候や地形、地質に寄り添って営まれてきた農業や林業、石積みや田畑など、何世代、何十世代にも渡る暮らしの積み重ねです。例えたった1つであっても、建物や構造物が周りの風景に与える影響は決して小さくありません。

つなプロ2期には「民間主導で規模の大きな開発が進む場合に備えて、景観計画等を策定することで事前に空間利用の方針を役場と事業者が共有し、協議が行われる仕組み」をつくることを明記しました。

ちょうどつなプロ2期の策定時(2020年度)は、2023年4月開校を目指す神山まるごと高専の開校プロジェクトが全国から注目を集めていました。学校だけでなく、神山町に対しても、民間企業や経営者からの注目度がこれまで以上に高まっていた時期でした。

まちに住んで、まちを知る「景観計画専任の人材」を採用するという決断。

「神山らしい景観を守る」。
「まちとの関係性をじっくり築き、まちの良さを理解した人に作ってほしい」

一時的なコンサルティングではなく、専門家がまちに移り住んで、まちの中で景観計画を作るという丁寧なプロセスを目指しました。それは、小さな町にとって大きな決断でもありました。

2022年4月、つなプロのアドバイザーを1期から務めている真田純子・東京科学大学(旧・東京工業大学)教授の大学院で都市計画や農業景観のことについて学んできた小池裕子(工学修士)を神山つなぐ公社の正社員として採用。神奈川県から神山町に移り住みました。

まちの隅々を歩き、「神山らしい風景」を言語化

まちの人の案内で、暮らしに使われてきた山や里の道を歩いて見てまわる

着任まもなく、専門家と町民の2つの視点を持ちながら、「神山にはどういう集落があるか」を知る調査から始めました。1年半にわたる「神山らしい景観、神山らしい景観計画とは何か」という問いの答え探しの始まりです。
「まちを歩く」「地域の人の話を聞く」。集落支援員や地域の人の案内を受けながら、商店街から山道まで、町内の20か所をくまなく訪問。毎回2時間以上歩きながら風景を観察し、お話を聞きます。

「ここの道は、小学校の通学路だったんよなぁ。この辺りはもう住んどる人もおらんから、もう誰も使ってないけど」
「そうなんですね」

山道を歩きながら、地域の人に昔の暮らしや今の暮らしの話を聞き、目の前の風景の歴史や仕組み、特徴を観察しました。土地に愛着を持つ人たちの話を聞きながら歩くと、「見える風景が次第に変わって来るのを体感した」と言います。

調査により分類された神山の景観の特徴<広報かみやま2024年11月号より転載>

地域を巡って集まった情報をもとにまちの景観の特徴を「山の集落」「里の集落」「中心街」「山林」「主要幹線沿い」の5つに分類。景観計画の根拠「景観法」に沿って決定すべき項目を、神山らしい形でどう決めればいいのか、一つずつ整理していきました。

勉強会も町民向け、役場職員向けに合計10回開催。真田教授をはじめ、都市計画や景観の専門家から学びました。「景観計画ってどんなもの?」(2022年7月、真田准教授)「神山らしい景観ってどんなもの?」(同年8月、石川初・慶応義塾大学教授)など参加者は熱心に聴講し、役場内にも景観計画策定へ向かう空気が醸成されました。

小池の着任当初、策定までかかる期間の見積もりは「最短でも2年」でした。2023年度、6回の策定委員会を経て「神山町景観計画」は2024年4月、策定されました。大埜地の集合住宅プロジェクト、森林ビジョンなど「公共の立場からまちの景観を考えた」経験のある人たちの存在も支えとなって、神山らしさを大事にした唯一無二の計画策定が、最短時間で実現しました。

神山町景観計画(一部抜粋。全文はこちら
<理念>
〇景観はみんなのものです。みんなでつくってみんなでその恩恵を享受し、 次の世代につないでいきます。
 〇自然をベースにした神山の景観とまちの経済が調和するような景観づくりをします。
〇変化を許容しながら、“神山らしい”景観を新しくつくっていきます。 
〇他の計画と連動し、景観に関連する取組みの効果が増大するよう運用します。

<方針>
〇山と川のつながりを意識し、心地の良い自然景観を創出します。 
〇ヒューマンスケールの生活空間を尊重し、 ”地域のものでつくる”、視点を大事にした景観形成を図ります。 
〇各地区の土地の変遷を踏まえ、それぞれの場所の特徴に沿った景観づくりをします。 

神山の歴史や文化、まちの人の意識に寄り添った内容の景観計画を最短で実現できたのは、「まちの風景を守りたい」という多くの人の思いが集まった結果でした。

役場・まちの人の景観への理解

役場で実務を担当することになった職員も「景観計画」という抽象的な施策を早くから「自分ごと」に。調査と啓発、行政手続きと多岐に渡る景観計画の策定・運用プロセスを、スムーズに進められました。

景観計画がスピード感を持ってできたのは、神山をフィールドにしてきた研究者たちの支えもありました。石積みを通じて、神山の風景を大事に考え、景観計画の策定委員会の委員長も担った真田教授。ゼミの学生たちと何度も通い、まちの風景の特徴をまとめてきた石川初・慶應義塾大学環境情報学部教授。日本で景観を考える時に、最前線にいる研究者2人が調査研究の道標を作ってくれていたということは大きかったと言えるでしょう。

神山の景観の持つ力

左:神山町をフィールドワークした後、風景の特徴ある風景の場所に印をつける石川ゼミの学生。右:神山の風景の特徴を説明する石川教授

2024年10月の施行から、神山町内で10㎡を越える建築物に手を入れる際は、誰でも例外なく建設を始める1ヶ月前までに役場に届け出が義務付けられています。これまで、景観計画・景観条例に基づき、町役場に提出された届け出のうち、審議の必要があると判断された案件は2件。景観審議会(座長・真田純子教授)で検討され、外観の色の変更などが勧告されています。うち1件は勧告には至りませんでしたが、景観配慮についての指摘があり、その指摘に対応する形で建築が完了。もう1件は外観に関する勧告にもとづき修正案が提出され、建設が進行中です。

これから大事になるのは、できるだけ多くの人に「神山らしい景観」を大事にする考え方を広めることです。

「自分たちが作ろうとしている建築物は、自分たちだけのものではなく、まちの景観の一部となっている」

まちに暮らしている人たちも、町外から何かしたいと思った人たちも、そんな共通の意識を持っていられると、神山らしい風景を将来につなぐことができるのではないでしょうか。

さらに、神山杉を建築物に使うこと、神山の風土・文化をよく知る大工さんや施工業者さんとつくることーー集合住宅プロジェクトで実現してきたような、神山らしさを大事にする建設行為が、民間や行政でも広まっていく土台として景観計画が働くことを期待しています。

学校での景観ワークショップの風景。神山で暮らしたり学んだりしている若者が、まちのいつもの風景の面白さに気づき、愛着を持つ機会として、城西高校神山校や神山まるごと高専などまちの学校で開催。

つなプロ2期で、神山町は全国的にも町村レベルとしてはまだ数の少ない<景観計画>を持ち、歩み始めました。

「神山らしい風景」とは、神山の自然の特徴に加え、何十世代にもわたる人の暮らしの形跡・重なりで現れてきたものです。神山らしい風景が今後も、何世代も後に残り続け、人が集まり続ける土地であるために、神山町景観計画は、ようやく“スタートライン”に立ったばかり。これから先も、計画の運用を通じて「神山らしさとは何か」「神山らしい風景の魅力を将来へつなぐには?」民間にも行政にも、まちの人たちにも、問いかけるプロセスは続きます。
次回は、「住まいのニーズ調査で見えてきた現状と、つなプロ3期の取り組みに向けて」についてです。

文:中村明美(言語化Art)
企画:馬場達郎、高田友美、小池裕子(神山つなぐ公社)

【もっと詳しく知りたい方へ】
広報かみやま(2024年11月号)「神山町景観計画、 はじまりました!」
神山の景色探訪/かみやまch.051
神山の景色探訪〜川平編〜/かみやまch.073
神山の景色探訪〜城川内編〜/かみやまch.088
神山の景色探訪〜農業と景観〜/ かみやまch.127
神山の景色探訪〜観光と景観〜/ かみやまch.154
石川 初/神山町暮らしの風景図鑑をつくる
今年の夏も神山町におじゃまします。(イン神山の記事)
徳島県神山町合宿〜景観計画策定プロジェクト〜(大学HP)

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神山つなぐ公社

神山つなぐ公社は、神山町の地方創生の一環で、2016年4月に設立された一般社団法人。「まちを将来世代につなぐプロジェクト」に取り組んでいます。

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