特集

Vol.01

Why are you here?
ほかの国から、神山に

「神山には外国人が多い」と言うけれど、
彼らはどこから来たんだろう?
このまちでなにを思い、暮らしている?

第3話

マット・ローソン / From America

2020年3月9日 公開

ローソン(Matt Lawson)は、奥さんと2人の子ども連れて2015年に神山に越してきた。高校の近くのスーパーマーケットの並びに、ヘルシーフードを提供する「ブッダカフェ」*1 というお店を構え(美味しい)夫婦で営みながら、次のビジネスもいろいろ考えている様子。​

アメリカ、中国、タイ、インド、ネパール、ビルマ、マレーシア

ローソンカリフォルニア州のサンタクルーズという、小さな町の出身です。サンフランシスコから車で45分くらい。

海のそば?

ローソンここと同じ山あいのまちだけど、山裾から5分も歩くとビーチに着く。山と海が両方あるところ。そこで生まれ育って、いまは神山でカフェ・レストランを営んでいます。

みんなが「これどんなのかな?」って、思わず食べてしまいたくなるようなヘルシーフードを。ここの人たちが、自分たちの野菜を、楽しく食べる機会を提供したい。

Photo: Yoshiaki Nishimura

他にもいろんな国で暮らしてきたとか?

ローソン中国には7年住んだ。タイにはトータルで8年くらい。インドに1年いて、ネパールは9ヶ月。東南アジアで暮らしながら、3ヶ月に一度ビザのスタンプの更新で国境をまたいで隣の国、ビルマやマレーシアに1時間くらい行ってまた戻ってくる。そんな生活をしていた時期もあったね。

なにを求めて動いていたの?

ローソンその頃は輸出入の事業をしていて。最初はバリ(インドネシア)に行って。木彫りの彫刻を買い、コンテナでアメリカに送って、アメリカのショッピングモールに小さなブースを出して販売する、という事業を何年かしていた。
そのうちにタイとか他のアジアの国々にも行くようになって。

中国にて Photo courtesy: Buddha Cafe

でも一緒にやっていた当時のガールフレンドといろいろあって、やめてしまった。追って仏教を勉強するようになり、そっちの世界に傾倒していったんです。

神山で、4年暮らしてみて

仏教への傾倒には、なにかきっかけが?

ローソンクリスチャンとして育ったけど、小さな頃からたくさん疑問があって。でもまわりの人に訊いても、なかなかクリアにならなかった。

ある日、サンタクルーズのビッグ・ベイズン公園でハイキングをしていたら、森の中にあったタイ系の仏教寺院に辿り着いたんです。以来、頻繁に通うようになって。結果的に8年ほど仏教の出家僧をした。
その間に仏教哲学の修士号も取って。大乗仏教から上座部仏教に移った。

Photo courtesy: Buddha Cafe

併行してウェブの仕事もしていて。輸出入の仕事で、買い付けに行く必要があるけど、インターネットがつながればどこでも仕事が出来るので、お金を稼ぎながら旅をしている時期があったんです。

2007年頃はタイにいた。でも弟が亡くなって一度アメリカに戻って、両親の家で1年くらい暮らしていたら、フランスの仏教寺院が、寺で働く出家僧を探していると知って。次はそっちへ行く予定だった。

でも、出家僧として人生を送るのか、誰かと結婚生活を送ってみるのか。ギャンブルじゃないけど「一度試してみよう」と思って、出会い系のサイトにアクセスしたら、彼女(さつきさん)に出会ったんです。

そこから、神山で暮らし始めるまでは?

ローソンまず最初は彼女の故郷の高松で暮らしました。でも、街なかで暮らすのに疲れたというか。もともと自然の中で暮らしていたから、ちょっと合わなくて。

「やっぱりカリフォルニアで暮らそうか」と戻ってみたけど、いま向こうはすごく生活費が高い。かなりシンプルに暮らしても月に50万円くらいかかる。

アジアの生活を経た自分には、アメリカ文化にカルチャーショックを覚えてしまう部分もあった。日本に比べたら医療やケアもまるでダメ。移民やビザの発行もすごく厳しくなって、彼女のビザもなかなか順番が回ってこない。下の子も小学校に入る前の年だったから、「もう日本に帰ろう」と。

ただ、また自然の少ない街なかで暮らすのは嫌だったので、いろいろ探して。そうしたらワシントンポストの記事で神山を見つけた。*2

ローソン「行ってみるか」って。日本に帰ってきたその足でスーツケースを持って神山に来て、まずは「山川ハウス」というお試し住宅に入って。2〜3週間、NPOグリーンバレーや移住交流支援センター *3 の伊藤さんに手伝ってもらいながら、毎日のように家を探して回った。

でもなかなか進まないから、自分のやり方をしようと思って。「僕らはこんな家族です」という手描きの自己紹介の紙をつくってコンビニでコピーして、いろんな人に配って、「変な人じゃないよ」というのをアピールした。(笑)

4年暮らしてみてどうですか?

ローソンとても嬉しいし幸せ。子どもたちもすごく快適に過ごしているし、この場所を愛している。「街に出かけようか?」と訊いても「いや。神山にいる方がいい」って。

彼らはここでなにをしているか、というと。

ローソントカゲを獲ったり(笑)。神山に来たばかりの頃は「虫が多くて嫌」とか言っていたけど、4年経って、かなり山の子になった。

Photo courtesy: Buddha Cafe

神山で暮らしたいと思った理由にはそれもあった。街に住んでいたら自然からすごく遠い生活になるし。子どもたちと「遊ぶ」といっても、ショッピングモールや100円ショップに行って、要らんものを買って帰ってきてしまう。
それをまったくしないわけじゃないけど、街と距離もあるからだんだん変わってきて。いま子どもたちは、町内のスーパーにチョコを買いに行くくらいだな。

ローソンさん自身の変化は?

ローソン引っ越して家を改装して。まず最初はコーヒーの焙煎を始めたのだけど、そこからまたどんどん変わって。自分が10歳の子どもだった頃、毎朝目が覚めると楽しかった。その感覚が蘇ってきて。

最近?

ローソンうん。朝起きて「今日は楽しみだな」と感じている。結婚生活もうまく行っているし、子どもも健康だし。暮らしが基本的に楽しい。

流れに逆らわずに生きてゆくと

キリスト教の中では見つけられず、仏教の世界で見つけたものはなんだったんだろう?

ローソンそれまで見つけられずにいたピースが見つかって、パズル全体が出来た感じ。言葉にするなら、〝自分がしたことが自分の未来をつくる〟ということです。

キリスト教の世界では、悪いことをしたら懺悔をして許してもらう。祈っただけで許される、というのが自分には理解できなかった。
でも仏教の世界観では、ポジティブであれネガティブであれ、自然の中でエネルギーが動いている。その動きの中で行う日々の小さな選択や決断が、いいにせよ悪いにせよ、次の自分の未来をつくってゆく。その仕組みがはっきりわかった。

なにをしても返ってくる。湯船の中でちょっと動くと、お湯がチャポンチャポンと揺れて寄せるでしょう?…少し単純化しすぎだけど、仏教について話し始めるとそれだけで時間が終わってしまうから。(笑)

いまもブッディスト(仏教徒)ですか?

ローソン本当の仏教徒は、「自分は仏教徒だ」と言わないと思う。「仏教の世界観で生きている」と言う。

「ブッダカフェ」も同じ世界観で?

ローソン単にお金を稼ぐだけの事業なら、名前は「サンシャインカフェ」だっていい。けどそれではただのカフェになってしまう。「ブッダカフェ」という名前を付けることで、仏教的な世界観、価値観、ものごとの見方、自分に課したいことを日々思い出させているんです。

神山に来て間もなく妻の癌が発覚した。めずらしい悪性肉腫で。だから、最初の2年間は思うように行かない期間があって。

その間はウェブの仕事をしていたけど、癌になったことで「ストレスを溜めてまでしなくてもいいことは、人生から外してゆこう」「自分たちの優先度に沿って生活をつくってゆこう」と、より考えるようになった。

彼女の病気は完治するものではないので、食事療法はずっとつづける必要がある。でも神山町の外食には彼女が食べられるものがあまりない。
話し始めると長くなるけど、世界中の大豆の大半がいまやGMO(遺伝子組替食品)で、それらは食べられない。体内で炎症を起こす小麦系の食べ物も省いている。日本の食事には炭水化物が多くて。

お米とか、うどんとか。

ローソン「自分たちが毎日食べられるものを」というのも、「ブッダカフェ」を始めた理由なんです。

その先でどこへ向いたい?

ローソンそれも話し始めると長くなる…(笑)。僕らには10年、15年くらいのスパンで抱いている大きなゴールがあるんです。それは、小さなホテルか、ゲストハウスであり。そことつながった子どもの学校。仏教を学べるリトリートもあって。

まだ構想レベルで、頭の中にあるのを全部並べると多分みんな「クレージー」と思うだろうから…とりあえず〝このレストラン(ブッダカフェ)をよく運営してゆくことを楽しんでいる〟でOK(笑)。今週は閉めているんです(2019年4月時点)。オープンしたらお客さんがひっきりなしに来て。忙しくて。

店だもの。開いていれば来ますよ(笑)。

ローソン最初のメニューは、ハンバーガーとサラダボールとブリトーだけだったけど、「このビジネスをどう展開してゆくか」考える時間がまったく無くて。バーガーを焼いて一日が終わる、そんな連続だった。なのでこの1週間は休んで、「もう全部テイクアウトにしようかな」とか、舵取りをしている。

変に聞こえるかもしれないけど、僕らは水の流れに沿って生きているんです。

もし流れに逆らっていたらうまく行かない。つまりうまく行かないことは、進むべき方向ではないということだと思う。それが自分の運命だったら、悪あがきしなくても出来る。「流れに沿う」とはそういうことです。

神山に来るまで15年以上フリーランスで働いてきたけれど、ずっとアップストリームというか流れに逆らっていた感覚がある。他社と競合して、やりたい仕事を勝ち取ってゆくようなことをくり返していたのだけど、「流れに沿っていない」感じがしていた。請けてみたものの、お客さんの要望と予算も合っていなかったり。

でも流れに逆らわずに生きてゆくことにしたら、すごく人生が生きやすくなってきた。そんな、いま現在です。


ローソンさんのパートナーは、さつきさん。2人の子どもを育てながら、一緒に「ブッダカフェ」を切り盛りしている。

横でどう聞いていました?(通訳をしてくれていた)

さつき癌になったときを思い出して、「あそこから這い上がって来たな」「あのときは大変だったな」って。でもおかげさまで、いまは元気です。

アメリカで出会ったんですね。

さつき最初は語学留学。親には「1年で帰って来なさい」と言われとったんやけど、それが10年になって。コミュニティカレッジに行って、大学に行って。マスターに進んだ頃はアスレチック・トレーナーの仕事をしていたんです。

でもいくつかの変わり目があって。結婚して、子どもができてお母さんになって。その移行が、自分の中では結構大変で。そこを越えてみると、「もうなるようになるんだろうな」って。病気をしてから余計そう感じるようになったかな。

若い頃は「なにかになろう」としていたけど、いまは流れに沿って「そういう時期はそういう時期なんだな」って。「もうあんまり逆らわないで生きておこう」と。

彼(ローソン)はいま、高松でウェブの仕事をしていた頃より生き生きとしている。あの頃は夜中までずっと仕事をして朝方に寝るサイクルだったけど、神山に来て、コーヒーの焙煎を始めてから、お昼型に変わってきて自然な生活に近づいてきた感じ。

「自分にはウェブよりいまの仕事の方が合っている」って、ときどき話している。彼のお父さんは、サンタクルーズで5軒くらいカフェを経営しているんです。

じゃあ、少し勝手知ったる感じもあるんだ。

さつきはい。でも全部独学です。彼は〝自分で調べてやってみる〟人なんです。Youtubeやウェブに載っているやり方を実際に試して、いっぱい失敗して。コーヒー豆とかたくさん捨てないかんようになる。けど「それが自分の学費なんや」って。
ブッダカフェにしても、最初の頃はいっぱい失敗して食材を無駄にするけど、「これは授業料なんだ」と言う。

美味しいけど、あの店はまだ授業中ってこと?

さつきそうなんです(笑)。みんな「失敗する」のが怖くて、なかなか出来ないことが多いと思うんやけど、「失敗は積み上げれば成功になる」「途中でやめるから失敗になるんだ」と言っています。

実は高松でも一度「カフェをしようか?」という機会がありました。もしあそこで始めていたら、街の生活もまったく違うものになっていたと思う。だからもちろん高松の問題ではなくて、自分自身の心の持ちようや働き方次第で、街での暮らしも違ったんだろうな。

そうしていたら、ここには来ていないかもとは思う。
思うんやけど、神山に来ることにはなっとったんやろうな。流れだったんだなって。あのときがあるから、ここに辿り着いたんやなって思っています。

LINK、NOTE
*1 ブッダカフェ/Buddha Cafe
*2 The Washington Post 2015年5月27日付
*3 神山町 移住交流支援センター

Interview:2019年4月22日

文:西村佳哲、撮影:生津勝隆
制作協力:真鍋美枝、工藤桂子、藤本 彩
企画・制作:神山つなぐ公社