特集

Vol.01

Why are you here?
ほかの国から、神山に

「神山には外国人が多い」と言うけれど、
彼らはどこから来たんだろう?
このまちでなにを思い、暮らしている?

第5話

デイビッド・グールド / From New York, USA

2020年3月23日 公開

デイブことDavid Gouldは、2018年の春から翌年5月まで数度にわたり、神山フードハブ・プロジェクトにレジデンス・シェフとして滞在。格別な料理をつくる。​季節をひとめぐりしながら、まちの人々と、本人自身に、少なからぬ変化をもたらした。

神山フードハブ・プロジェクト
2016年に設立された、神山の農業の会社。地域で育て・地域で食べることで、中山間地の農業とまちの食文化を次の世代につなぐ試み。合言葉は〝地産地食/Farm Local, Eat Local.〟。スタッフは20名ほど。*1

シェフ・イン・レジデンス・プログラム
料理人が滞在。彼らの感性や技術を通じて、まちの人たちが見過ごしているかもしれない価値に光をあてる交流プログラム。神山アーティスト・イン・レジデンス(1999〜)*2 にならい、フードハブを拠点に2018年から開始。

成功と幸せの違い

デイブ僕はニューヨークのブルックリンから来た。料理人のキャリアは12年で、ここ8〜9年は大きな店の厨房を任される立場にあった。(「Roman’s」*1 という人気のイタリア料理店で料理長を務めていた)

でも最後の4~5年は迷いが生じていたんだ。焦点がぼやけるというか、仕事からインスピレーションを受けることが前より少なくなって。

インスピレーションが重要。

デイブうん。食材だけでなく、環境や文化やコミュニティの影響を受けながら料理をしている。「今日なにを感じたか」というのは、自分にとってすごく大切な要素。

慣れてくれば仕事はやり易くなるし、スキルも高くなる。でもそれが「自分が幸せかどうか」ということに直結していない感じがして。それで、ニューヨークから根を引っこ抜いて、人生そのものを変えてみようと思い始めた。 

ニューヨークにおけるシェフの〝成功〟とは?

デイブ一般的には、新しい店を開きつづけていたり、それらを創り出すリーダーでありつづける。それがあそこにおける成功像じゃないかな。

でも自分はクラフトマンのように素材を触ったり、味見をしたり、手触りのある創造性が好きで。でもそんな料理人でありつづけるのが難しい。競争がすごく激しくて、みんな常に「次のこと」を考えていて。

消費が強いんだ。では、あなたの〝成功〟は?

デイブんー。いい質問。(笑)

そもそも〝成功〟したいのかどうか?

デイブビジネスとして大きな利益を出すことや、たくさんの人が来てくれていることを成功と見なすのはある意味簡単だけど、それが本人たち自身にとって幸せなことか?というと、そうでもないんじゃないかと思う。

徳島駅前に老舗の喫茶店があるんだ。そこの店主は、おそらく何十年も毎日同じコーヒーを入れ、同じモーニングトーストを焼いて、お客さんに出している。彼はすごく幸せそうに見えた。でもすぐ近くのスターバックスで働いてる人たちが、同じように幸せかと考えると、そこは違うんじゃないかな。

「Roman’s」を立ち上げ、年に362日開いているレストランでずっと戦っていた。戦いに明け暮れずバランスをとってゆくのは、自分にはかなり難しかった。

馴染みのある領域の外へ

神山との出会いは?

デイブうん。それで、一緒に働いてきたアンドリュー・ターローというボスに「辞める」と伝えた。関係もいいし仲良く働いてきたから、伝えるには決断が必要だったけど。「違う人たちと、違う経験を、違う場所でやってみたい」と話したんだ。

まずイタリアへ行こうと思った。でもアンドリューが、彼の友人のサム(西海岸のオークランドで「Ramen Shop」という人気店を経営している人)から「真鍋太一に会ってみては? と言われた」と伝えてくれて。ニューヨークに来ていた太一に会ったのは、2017年のハロウィンの夜だったかな。10月31日だね。

計画を決めずに長い旅をするつもりでいたけど、本当は一つの場所に入って内側からコミュニティを感じ取るのが大事だ、とも思っていた。価値観が共有出来て、自分の創造性も発揮できるコミュニティに身を置けたら、いちばんいいなって。

太一とは3時間くらい話した。本来の自然な方法で野菜を育て、それを食べること。社会における食の重要性。それらへの真剣さが伝わってきた。それで、翌年の2月に神山へ向かったんだ。

 神山に着いたばかりの頃のデイブ。 Photo: Yoshiaki Nishimura

ニューヨークと行き来しながら、その2月から数えて1年と数ヶ月。神山ではなにをしてきた?

デイブこの1年間については「なにをしたか」というより、「自分がどうすごしてきたのか」ということを、もう少し深く考えているんだ。

来たばかりの頃は、ニューヨークの自分とあまり変わらない感じだった。新しい現場でのサバイブはずっとやってきたことで、関係も早くつくりたいから、まず厨房に入った。全体を把握してから動き始める人もいるだろうし、ひとまず日本を見て回りたい人もいるだろうけど、働く中でそれらを体感してゆくのが自分のやり方なんだね。

厨房に入って、どうだった?

デイブ〝Wherever you go, there you are(どこへ行こうと同じ)〟っていう言葉があるんだけど、そういうことなのかな。根を抜いて違う国に植えかえても、結局自分は自分だなって。でも時間が経つにつれ、自分自身の中にすごい大きな変化があった。

Photo: Yoshiaki Nishimura

いちばん大きいのは〝状況のコントロールに対する欲求〟の変化。以前はすべてを把握していたかったけど、「実際にはなにもコントロール出来ないんだ」という理解が大きくなった。それを実践的に学んでいるというか、鍛練しているというか。

厨房の状況をコントロールすることが、あなたが「仕事に責任を果たす」ことだったと思うけど、じゃあ、いまはなにで責任を果たすんだろう?

デイブ起きるのはすべて自然な出来事で、それらは本来〝責任〟の対象ではないんだ。前は周囲の人の仕事について、「ここを直そう」とか「彼はあそこがダメだから」とか、自分の思い通りに行かないことには〝怒り〟や〝直さないと〟っていうエネルギーを向けていた。

でも起きている状況そのものを受け入れたり、「これがポジティブな作用を及ぼすんじゃないか」と捉えることが出来れば、実際にすべてがポジティブに回り始める。いまはそんな感覚があって。
余白や余裕をもって物事に臨むこの感覚はここで、神山の環境の中で掴んでいったものだと思う。

思い通りにならないことが多かった?

デイブフードハブ・プロジェクトが関係した、60人のゲストを招くシーティング・ディナーの一夜が尾道であって。(*シェフ・イン・レジデンスは、料理人に滞在施設と食事を提供するプログラム。労働対価は発生させていない)

あのときは準備段階から、一つひとつのプロセスが上手くいかなかった。本番が近づくにつれさらに深刻化して。自分はもうずっと怒っていて。
「すべてが悪い」「食事も美味しくないんじゃないか」。そんな怒りで頭がいっぱいで、ニューヨークの厨房で度々浸っていた感情がすっかり戻ってきてしまった。

Photo: Taichi Manabe

昔の自分ならそこから戻って来るのに、下手をすると1週間以上かかる。なのに、それが1時間くらいで乗り越えることが出来たんだ。

怒りや、ストレスや、フラストレーションを抱えつづけることで、どれだけ無駄なエネルギーを使うことになるか。それを手放すことでどれだけ楽になるかということがわかったし、早く手放すことが出来た。

僕は自分を「考える人」だと思っていて、脳はいつもなにかしらプロセッシングしている。そのコンフォート・ゾーン *2 というか、自分にとって馴染みのある領域から外に出るのは当然居心地が悪い。けど一歩外に足を踏み出すことで、自分がよりいい人間になる。そのためにここに来た、ということを体感しているんだ。

この1年を通じて体験してきたことにはすべてスピリチュアルで、心理的鍛練のようなところがある。

安全な領域の外に出ても、安心していられるようになったというのは、とても自由でいいね。

デイブすごく大切なことだと思う。自分はこれからひとまずアメリカに戻るけど、向こうで為すことすべてがポジティブに感じられるんじゃないかな。いままで見てきたすべてのものを、あらためて違うメガネで見てみたい。

祝福や恩恵を分かち合う

フードハブ・プロジェクトに寄せたテキストに、〝For a long time I approached cooking and eating only with judgement, and now it is with warmth and appreciation.〟と書いていましたね。*3

デイブ食産業の世界ではみんないつも周りを見て、自分はどの位置にいて他人はどの位置にいるか、すごく気にしている。
ニューヨークには本当にたくさんのレストランがあって、多くの人が分析したり批評したり、常に評価し合っているけど、「食べる」ことの真ん中に〝評価〟を置いていると、本当に重要なものを忘れてしまうと思う。

自分自身のための滋養。一日の中における時間。友人や家族と食べ物を分かち合うこと。そうした事々の価値を忘れて、原始人がいつも外敵を気にしながら食べているような。

常に緊張していて。

デイブそう。でも神山で僕は、料理をつくったり語り合いながら、ダイレクトに感謝と祝福を感じてきた。愛に恵まれる。恩恵に浸る。太陽にあたっているようなリラックスした状況が、かま屋に限らず、近くの居酒屋へ行ったり、「かばちや」(広島出身の若者が週一で開いているお好み焼き屋さん)で自分が食べているときも、これまで感じたことがないほど感じるんだよ。

一人の人間としても、料理人としても、そんなものを提供できる存在でありたい。

自分の人生において、これはとても大事なことだと思う。そういうものを分かちあうために料理をつくっているんじゃないか。プロフェッショナルになることで気にしないといけない事々が増えて、その感覚を忘れてしまうと、なんのために料理をしているのかわからなくなる。

神山ですごす中で、自分はそれを取り戻していった、と思っているんだ。

Photo: Yoshiaki Nishimura

デイブから「フードハブ・プロジェクト」を説明すると?

デイブ自然な方法で育てられた作物と、そこから生まれる食事や、さまざまな価値の創出に、情熱とある種の経済的犠牲をもって取り組んでいるチームだよね(笑)。

経済的犠牲。

デイブ自然な作物を料理に使うのが難しい社会で、それをつづけているわけだから。原価率も大きくなるし、利益率が下がることを考えないといけない。あらゆる角度で気が抜けないだろう。地域にも、作物を育てている人たちに対しても。マーケティングも日々の料理も、すべてにおいて優れていないと、つづけることが出来ない。

フードハブは農と食のあり方を取り戻す活動を、すごい努力をもってやっていると思う。だから賞賛する。世界中を見渡しても、そこまでコミットしているのは極少数派のコミュニティだと思う。アメリカに戻って同じような環境を探しても、小さな場所になるだろうな。

いつ帰る?

デイブ来月。

それまではなにをしてすごす?

デイブレジデンスの最終プロジェクトで、神山の地元のお父さんやお母さんたちの食文化を、一緒につくりながら教えてもらいジャーナル(読み物)にしてみたい。出来れば別のレジデンス・シェフも、つづけられるものなるといいな。
あと、自分の体験を活かして、シェフ・イン・レジデンスの仕組みを少し整えてみたい。フードハブのメンバーにもこれから来るシェフたちにとっても、いい状況を生みやすいものに出来たらいいなあ。

いろんなものを残そうとしてくれていて、ありがとう。

デイブどういたしまして(笑)。

最後に変な質問だけど、あなたはフードハブ・プロジェクトのメンバーですか?

デイブ!はい(笑)。家族のように感じてる。


シェフ・イン・レジデンスは、フードハブ・プロジェクトの真鍋太一さんの思い付きとネットワークから始まっている。彼自身はこのプログラムや、デイブの滞在をどう見てきたか。

真鍋さんは、ここで生まれ育ったわけじゃあない。

真鍋家族4人で、2014年に越してきました。私自身は四国の違う町の出身です。
フードハブ・プロジェクトには複数の側面がある。農業チームがいて、食堂があり、加工チームがあり、パン屋さんと小さな食品雑貨店があって、町の保育所や学校にかかわる食育のチームがあって。私は支配人という肩書きで、マネージメントや企画、ディレクションをやらしてもらっています。

シェフ・イン・レジデンスには、デイブを含み、これまでに何名くらいの料理人が参加しています?

真鍋2018年の1月に始まって。最初はイタリア帰りの川本真理さん。次がニューヨークのダニー・ニューバーグで、3人目がデイブ。いま4人目のアマニーという女性も来ています。(*本ページ公開時点では加えてロンドンからカティアも参画し、延べ5名)

でも、神山のほかの店に来て滞在していたエイミーも途中から混ざるようになったり、デイブの友だちのマイク(ニューヨークのピザ職人)や元同僚のケン、一緒に鹿児島でイベントをやったリー(カリフォルニアの料理人)が来たり。プラスαでいえば結構な人数が来てますね。いろいろ出入りしている。

2019年11月に滞在したカティア(イギリス)の晩ご飯会のワンシーン。 Photo: Yoshiaki Nishimura

プログラムを1年半つづけて、見えて来たことは?

真鍋なかなかあり得ない状況が起きているんじゃないかな。海外のいい料理人が、東京や京都をすっ飛ばして、どんどん神山に来ている。神山の日常の中で我々が追求していること自体に価値を感じて、来てくれている感覚がある。

最初はそれが少しプレッシャーで、「満たしてあげないと」とか「リードしなきゃ」みたいな気持ちもあったけど、そんな必要は意外となくて。ここの日常に丁寧につないでゆくだけで、既に十分な価値があることがよりわかった。自分たちにも発見がありました。

デイブという人をどう見てきた?

真鍋〝Life time experience〟という言い方があるけど、日々ここで本当に人生を変える経験をしていってるんだなって。
いいところも悪いところもすごく寄り添っていたので、当然ケンカというか議論になることもある。彼のほうもフードハブ・プロジェクトに愛着が湧きすぎて、逆に批評的になる時期もあった。いろんな紆余曲折を見ていく中で、デイブ自身がすごく変わった部分も見受けられて。

彼がさっき話していた「コンフォート・ゾーン/居心地のいいところ」から出てより自由になっている姿は、本当に彼が勝ち得た状況で、それはすごく自分も嬉しいんですよね。そういう機会を一緒にすごせたのもいいし、やっぱり神山というまちに、そういう良さがあるんだろうなって。

Photo: Yoshiaki Nishimura

コミュニティが自分を受け入れてくれているのを、ニューヨークから着いて最初に開いた料理会の日から感じていると思うんです。彼のつくるものが珍しいとかでなく、本当にデイブの料理が好きで食べに来てくれている人が、子どもから、年配の人まで、ここで暮らしているいろんな人がそんな気持ちや関心を寄せてくれている。そんな神山の状況は、まあ贅沢なんだろうなってあらためて感じますよね。

彼が次どんなことを始めるのか非常に興味があります。そこに対して、私もなにかしらかかわっていけるといいなと常々思っている。

「フードハブのメンバー?」というやり取りを、どんな気持ちで隣りで聞いていました?

真鍋すごく嬉しい(笑)。すぐさま「ファミリーだ」と答えていたけど、たぶんみんなも同じように感じている。両方がそう感じられるっていうのは幸せですよね。できれば、レジデンスとして訪れるシェフのみんなとそうなっていけるといい。

そうしたら本当に大家族ですね。

真鍋それはデイブのおかげでもあると思うんです。彼がひっきりなしに連れて来てくれる料理人も、すごくいい人たちだし。なんかどんどんその家族が、ニューヨークまで含めてリアルに広がってってる感じが嬉しい。

LINK、NOTE
*1 フードハブ・プロジェクト
*2 神山アーティスト・イン・レジデンス
*3 Roman’s
*4 コンフォート・ゾーン:ストレスや不安を感じずにいられる、慣れ親しんだ活動範囲を指す。
*5 デイブの神山滞在記(2019年2月1日)

BONUS TRACK
デイブ、鍛くんについて語る[神山日記帳]

Interview:2019年4月9日

文:西村佳哲、撮影:生津勝隆
制作協力:真鍋美枝、工藤桂子、藤本 彩
企画・制作:神山つなぐ公社