神山の木で、まちの人がつくることにこだわった”大埜地の集合住宅”

道の駅「温泉の里 神山」から、神山町役場へ向かって車を走らせると、右手に真新しい杉の木の住宅群が目に入ります。『大埜地(おのじ)の集合住宅』と呼ばれる町営住宅です。

子育て世代を中心に約70名が暮らす8棟の住戸と、幅広い世代の人に利用されているまちのリビング「鮎喰川コモン」という公共の空間からなるこの場所。

内外装や構造材としてほぼ100%、神山の山で育った杉や檜が使われているからか、足を踏み入れ深呼吸をすると、ふわっと木の香りが香ってきます。

2016年、神山町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」の施策の1つとして開発が始まりました。 建設プロセスにおいては、資源や技術、人々の関係性がよりよく繋がっていくよう一つ一つ丁寧な選択と判断が重ねられています。

例えば「神山の木を使う」ということ。

森林率約85%の神山町には、山に十分な手入れが行き届いていないという現状があります。獣害や倒木、川の水の減少など目に見えている課題の数々。地域の山へ入って木を伐ることは、山の手入れの一端を担うことにもなります。

「神山の作り手でつくる」ことも、大事にされてきました。

大規模な公共工事を一気に進めようとすると、町外の大きな工務店に依頼するしかありません。そこで、棟ごとに工期をずらすことで地元の大工さんや業者さんへの依頼を可能に。

大埜地の集合住宅は、こうした「神山の木で、まちの作り手がつくる」という、このまちの大工さんが重ねてきた家づくりにこだわり開発されました。

 

木の家づくりの始まりを、現場で見て、感じて、知る。

集合住宅の全棟竣工から1年。いま、「神山の木の家づくり」を広く知ってもらえるように、と動き出しているツアーがあります。

企画メンバーの一人で、大埜地の集合住宅プロジェクトの設計チームの一人でもある池辺友香子さんにお話をうかがいました。

――木の家づくりを感じるツアー企画が動き出していると聞きました。

池辺 そうですね。

「神山での木の家づくり」に関心を持ってもらうことを大きな目的として、企画し始めました。

ただ単純に「神山の木を使いましょう」ってだけでなく、実際に山に入ってみて、山の状況と自分たちの暮らしは、結構繋がっている部分があるんだってことを知ってほしい。「木の家づくりとは、どういうことなのか?」を考えるきっかけになればと思っています。

それと、どういう人たちが関わって家ができるかも知って欲しくて。

山で木を伐る人、その木を製材する人、そして家を建てる人。それぞれがどんな思いを持って働いているのか。そういったことも伝えられるように内容を練っています。

 

――単純に「木の家づくりいいですよ」って伝えるのではなくて、家ができるまでの流れを見たり、聞いたり。

池辺 そうです。

実際に山へ入ってもらう予定ですが、その中で一番インパクトが大きいのは、伐採の瞬間。私自身も初めて見た時になんていうんですかね。植物とはいえ、大木が人の手によって伐られて倒れる瞬間の地響きに圧倒されました。

うまく言葉にできないんだけど、「命をいただく」「生きてるものを使うんだ」っていう感覚を感じたんですね。それを大事に使わなきゃって思いにもなった。

そういう経験があって、木の家に住むと、やっぱりちょっと見えてくるものが違うんかなって。

――どんな人を対象にしているんでしょうか。

池辺 今回は親子連れを対象に、発信していきたいです。親子じゃないとダメってことはないんですけど、子どもたちに見て欲しいですね。

伐採の瞬間に立ち会うとか、木材の匂いを感じるとか。

そういう機会って、ほとんどないと思うんですよね。でも、そういう経験をした子どものうち1人ぐらいは、それがすごい記憶に残ったりして。

そうやって、本物に触れるっていう経験はきっと、いろんなことに興味関心が向くだろうと思います。

なり手が少ない業界なので「そういう仕事もあるんだ」「こんな思いで働いている人がいるんだ」っていうのを知ってもらう意味でも、ぜひ子どもたちにも参加してほしいなっていう思いがあります。

 

――今回のツアーの発起人というと、池辺さんですか?

池辺 言い出しっぺで言うと、私なんですけど。

そもそも大埜地の集合住宅プロジェクトの最終年度、いよいよ工事が終わるって時。「神山杉の家づくりが繋がっていく状況を作る機会にせなあかん」って思ったんです。

そこで、それまで「大埜地の集合住宅」としてよくひらいていた見学会を、「神山杉の家」って括りでモデルハウスとして住宅を見てもらう機会をつくりました。当時の担当者である役場の北山さんと一緒に企画して、林業活性化協議会の協力で実現できました。その時も、伐採を間近で見れるツアーをしました。

 


▲当時よくひらいていた、大埜地の集合住宅の見学会の様子(左から3番目が池辺さん)

ツアーでは、「初めて見たけど、すごいな」とか「山の整備をする大切さを学びました」という声が参加者から寄せられたそう。池辺さんにとって、「それぞれに何かを持って帰っていただけたのかな」という感触を得られる機会になったといいます。

一方で、「もう家は建てちゃったんだけど、本当は神山の木で作りたかった。」「どこに頼めばいいかわからんかった」と話す参加者も。

そういった声を受け取ることができたものの、集合住宅の全棟竣工に伴い池辺さんの設計・監理としての任期は満了。しかし、その後も「また神山杉の家に関するツアーをやれんかな」「続けられんかな」という思いが池辺さんにはありました。

 

――「またやれんかな」という思いがあった。

池辺 ツアーをやってみることがどれだけ、神山杉の家を建てることに繋がるかはやってみないとわからない。けど、継続する、させることでその先、きっと10年後とか20年後に、何かしらの成果が出るんじゃないかなって、思ってます。

それに、集合住宅プロジェクトに関わってまちに残った身として、何か自分にできることはないだろうかって。神山町というまちに自分も関わり続けたいって気持ちがあるのかも知れないです。

――関わり続けたい。

池辺 関わり続けて。うん。

今もまちのひとと仕事をさせてもらっているんだけど、もちろんそういうのもありながら、そうじゃない、もう少し広い意味でまちと関わっているっていう状況を作れないかなって。

ひとりで何か大きなことはできないけど、言い出しっぺはできる。手をあげて「一緒にやりませんか?」って言うことはできるんで。そこから始めてみようっていうところですかね。

 

・・・


わたしにとって家を建てるとは、まだ少し遠い未来のことのよう。ですが、住まいとは生活の基礎。どんな家に住むかは、日々の暮らしをつくり、ひいては自分そのものに影響を与えるもの。だからこそ、慎重に丁寧に、納得感を持って選びたい。

今からこうした機会に足を運んでみることは、いつかの自分の選択肢をより豊かにしてくれるのだろうな、と思います。

木の家づくりを検討している方、「すぐには」というわけではないけれど、気になっているという方も。ぜひ、「伐採・製材所見学ツアー」に足を運び、神山の木の家づくりに触れてみてください。▼

 

池辺友香子(いけべ ゆかこ)
奈良県生まれ。神山町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」の施策の1つ「大埜地の集合住宅プロジェクト」で設計チームに参画したことを機に、神山町との関わりが生まれる。完成後も神山町に拠点を置き、現在は下分に「いけべ建築設計室」を構えている。
https://www.instagram.com/ikebe_archi