アンドレア・デジョー
Andrea Dezsö

アート2008年11月11日

Art in kamiyama

投稿者:Art in kamiyama

2008年度 神山アーティスト・イン・レジデンス招聘作家
2008/8/31-2008/11/11 神山町滞在

ハンガリア系ルーマニア人としてルーマニア、トランシルバニア地方にて幼少期を過ごす。現在、ビジュアルアーティストとして活躍しながら、また執筆活動も手がける。絵画をはじめ、繊細で緻密なまでの彼女独自の本の制作、複雑なまでに多重に重なる切り絵、刺繍、造形、インスタレーション、アニメーション、そして大規模な壁画などを幅広く手がける。彼女が創造するものは、精神、歴史、また、人の心奥深くにあるイメージや、自身が共産政権下で育った中での思い出などとも深く結ばれている。大人になると忘れてしまうような、誰もが子どものころに一度は経験したことのある神秘的な体験の中に美しさを見出し制作することを目指している。現在、ニューヨークのパーソンズ・スクール・オブ・デザインにて講師を務める。ニューヨーク在住。
→Andrea Dezsö Website)

アンドレア、ドローイング中

藍で染め上げたハート・プロジェクト


スケッチブック&ポストカードプロジェクト


漫画・飛び出す絵本・切り絵作品


襖絵

「ハート・プロジェクト」
「ハート・プロジェクト」は9分間の動画と、この動画に含まれていない映像も入っている限定版のパラパラ絵本から成り、般若心経(ハート・スートラ)をテーマに、伝統工芸の技術と神山内外の音を組み合わせて作った作品です。
藍染の師匠の工房へ出向き、伝統的な日本の藍染の技法を使って、オリジナルで抽象的な模様を複数制作しました。まず、藍で模様を布に染め上げ、パソコンに取り組んだ映像を組み合わせて、万華鏡のようなイメージをビデオやパラパラ絵本で表現しました。
動画のサウンドトラックは黒沢湿原や神山で録音した自然の音も含め、遍路たちが札所に着いたときに唱える般若心経に焦点を当てて構成しました。
四国八十八ヶ所霊場の遍路ルートにある神山では、山を越えて巡礼する遍路の存在が町の文化の一部、さらには、この町のアイデンティティにもなっています。地元の人々は道中の遍路たちにお接待をしますが、外から来たものに対するこのもてなしの精神が神山には深く根付いているのです。
私は神山滞在中にお世話になり、親切にして頂いた皆様への感謝の気持ちをこめて、この作品を作りました。

「スケッチブック&ポストカードプロジェクト」
絵を描くときには、靴ひもを結ぶ前にどちらが上にきて、どちらが下になっているか、ある特定の魚のうろこがどちらの方向に向いているか、または、どのように物が分類されて、それぞれどんなつながりがあるのかなど、細部まで注意を払うようにしています。なぜなら、私は、テーブルや皿のように、一見何の変哲もないように見えるものの中にも、細部ではかなりの違いが存在しているということを十二分に理解しているからです。同じ種類の魚でも、焼き魚の頭など、それぞれどれほど違いがあるのか、または、一卵性双生児と同じで、組になっている箸にも、どんなに微妙な違いがあるのかという風に、絵を描くということはこれらの違いを認識するということであり、その瞬間、世界が対象物の周りの小さな焦点に縮小し、絵の描き手も含め、他のものすべてがゆっくりとその中に吸い込まれていくのです。だから、私にとって絵を描くことは一種の瞑想のようなものなのです。

漫画
飛び出す絵本
切り絵作品

これらの作品はよそ者として新しい土地にやってきた者がその地に故郷を見出そうと模索する過程を探究しています。この作品は限定版の漫画本、手作り風の飛び出す絵本2冊、切り絵を組み合わせて作った都市風景のジオラマから構成されています。
私は、日本の鉄筋コンクリートの建物の多くが、子供時代を過ごしたルーマニアの建物と非常によく似ていると感じました。そこで、神山をはじめ、東京や京都で撮った建物の写真を組み合わせて、独自の風景を作り出しました。
漫画本の画像はストーリーを成すように構成されていますが、話の筋が明白に示されているわけではありません。見る人それぞれが、幻想的な画像をもとにその人独自のストーリーを作ってくださればと考えています。漫画本プロジェクトは日本の漫画本を見ても、文の意味が分からず、どんな内容なのか理解しようと奮闘した私自身の経験から生まれました。これらの作品群は未知の環境の中で、慣れ親しんだ、懐かしいものを見つけるということをテーマにしています。

「襖絵」
襖絵は徳島では1930年代まで地元の伝統芸能、人形浄瑠璃で幅広く使われていましたが、それ以降は他の娯楽の発達とともに次第に廃れていきました。襖絵は人形浄瑠璃の舞台背景となったり、幕あいに、目の錯覚を誘うからくりとしても使われました。
襖からくりはヨーロッパやアメリカではカーニバルやサーカスで見られますが、日本では野外の見世物として使われています。神山の襖絵の多くはこの地に滞在した絵師たちによって描かれたものです。このことを意識しながら、私は色鮮やかな顔のイメージを描いた絵襖を10枚制作しました。これらはすべて伝統的な方法で回転させ、裏に描かれた別の絵が見られるようになっています。
小野さくら野舞台では、神山町が所蔵する1500枚の襖絵の一部を保管し、現在でも使用していますが、私の作品が将来使われるとすれば、神山での公演では1930年代以降では初めての新しい襖絵として登場することになります。

(アンドレア・デジョー、2008)

・・・・・

+++講評

この土地の伝統工芸でもある藍染の絞り模様によって制作したパラパラ絵本と映像作品は、般若心経(ハート・スートラ)をテーマに制作された。藍染のパターンを何度も繰り返していく編集で、単純な幾何学的な模様が移り変わることで、万華鏡のようにちょっとノスタルジック風情を見せる。その単純さが藍染のもっている和風さを隠してしまい、日本人が藍に対する先入観を良い意味で解体している。サウンドは、神山の自然音を録音したり、お遍路さんが唱える般若心経だったりと、この地でしか得られない環境音を活用している。それにも関わらず、彼女ならではの特有な東欧的ファンタジーといったものが綯交ぜになって、不思議な世界観を生み出している。彼女自身が語っているように、ストレンジャー(よそ者)として訪れた神山で、故郷を探すことが制作過程に含まれていること。たぶんそれは長いニューヨーク生活でもずっと続いてきたことで、彼女にとって終えることのない作業であり、どこにいながらも探している故郷なのである。こうした故郷を見つめる眼差しが、彼女の作品のなかに知らず知らずに潜んで、どこか東欧的でありながらもどこにもない世界を創出させているのだろう。
今回の神山でもデジョーは、日本のサブカルチャーをテーマにちょっと不思議な作風でジオラマを作成している。それは、神山で見聞きしたジャパンとしての日本ではなく、生活拠点であるニューヨークでもなく、生まれ故郷のルーマニアのどこかではないかと思わせる。ルーマニアの民話やおとぎ話などは、吸血鬼ぐらいしか浮かばないのだから、それは単なる憶測にすぎないが彼女が抱えている幻想的な世界観は、独特なものだといえる。アンドレアが制作した襖絵は、神山町の伝統芸能である小野さくら野舞台保存会によって、活用されることになった。本保存会では、1500枚もの襖絵を保存していて、舞台のからくりとして活用されている。今回、彼女の作品が加わったことで、伝統的な舞台芸術に新たな風を吹き込んだといえる。

嘉藤笑子(武蔵野美術大学非常勤講師)

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