ビジターズ・イン神山
なんでも2008年9月16日
↑ 改善センターでの講義から開放され、大粟山で記念写真に納まった香川大学ビジネススクールの皆さん。多様性に富んだ、個性あふれる魅力的な社会人学生の一団です。この中から明日の四国を変える「地域づくり戦士」が現れるんでしょうねぇ。きっと!
週末、グリーンバレーは大切なお客様をたくさんお迎えしました。
まず、13日、井原理代教授率いる香川大学大学院地域マネジメント研究科の皆さん五十五名。一年前、同大学で「四国経済事情」(四国の特徴と魅力ある地域づくりの戦略と取り組みを探る)という一コマの講義を受け持ったところ、今年はぜひ現地をということになり、今回のフィールドワーク(一泊二日)が実現しました。
「苦あれば楽あり!」
一時間半余りの講義の辛さと、一時間のアートウォークの楽しさの両方を味わっていただきました・・・(笑)。
「聴いた話と大違い。実態はどうってことないやないの・・・。大南の口車にまんまと乗せられてしまった!」と皆さん臍を噛んでおられるかもしれませんねぇ。今頃!
だとしたら、誤解させてたいへん申し訳ない。(口は重宝!どうとでも言えますさかいに・・・(笑))
それにしても、仕事を終えた後、夜間、週末、さらに夏季、冬季の集中講座は、容易いことではありません。ビジネススクールで学ばれたことを生かして、世の中を変える「チェンジメーカー」としての活躍を期待したいと思います。頑張ってください!
さて、翌14日は夕方六時過ぎより拙宅で、「待宵月と花火を楽しむ会」を催しました。
この日は、グリーンバレーと神山町移住交流支援センターにとって特別な日。昨年来、町内への移住を希望していた上本光則さん一家(大阪府在住)の念願が適い、賃貸契約を結ぶことができました。
そこで、①移住実現のお祝いをする。②グリーンバレーメンバーとの初顔合わせ。③レジデンス作家にお祭りの料理を召し上がっていただく。④花火を楽しむ。⑤待宵月を愛でる・・・。
大そう欲張りで、多目的でしたが、非常に楽しい会でした。
上本さんは10月には神山町へ引っ越して、家族三人でベーカリーのオープンを目指します。 受け容れる側としても、精一杯のサポートに心がけたいと思います。
とまあ、こんな具合に、本格的な秋を迎え、神山が活気づいてきました。さらに、今日からはカリフォルニア州バークレーから石原けいこ・デビッド夫妻が加わります。
しばらくの間、神山が多国籍・無国籍状態になりそうな予感です・・・(笑)。
大南 信也
グリーンバレー理事長。日々「せかいのかみやま」づくりに精励してます。人を強制せず、人に強制されずの自由人。職業?「社会起業家のたまご」としときます。最近の関心事は(西村さんの向こうを張って)「みんなの仕事をつくること」。そして、クリエイティブに過疎化を進める「創造的過疎」。
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コメント一覧
ニコライです。 大南様、先日は、大変ご馳走なりました。 井原理代教授率いる香川大学大学院地域マネジメント研究科の皆さん五十五名の方々!ようこそ神山にいらっしゃいました。 “世の中を変える「チェンジメーカー」としての活躍を期待したいと思います。頑張ってください!”と、理事長は、讃(たた)え、また、 “口は重宝!”と、自嘲なさっておられます。 確かに、口(くち)は形(かたち)を持たず、行為は形(かたち)を持つものでございます。 行動は口(くち)でいう程、簡単ではございませんが、それでも、口(くち)が、・・・人を感動させ、また、やる気にさせる スピーチというのは、ございます。 今日は、 有名なのは、知っていたけど、読んだことがなかった 故 ジョン・F・ケネディの大統領就任演説をご紹介したいと思います。 長いので、大部分は省略致しますが、最後の部分だけ書いて見ます。 (あまりに長いのは、このサイトには、不向きと自覚しながらも、良かったので書いております。以下は興味のある方だけお読み下さい。) ********************************************** (中略) 国民の皆さん、私たちがとる道の最終的な成否は、私というより、むしろあなたがたの手にゆだれられている。 建国以来、アメリカ人は、代々、この国に対する忠誠を証明するために、召集されてきた。 召集に応じたアメリカの若者たちの墓(はか)は、世界中にある。 今、ラッパの音が再び私たちを召集している。 武器は必要だが、武器をとれ という合図ではない。 戦いのさなか ではあるが、戦え という合図ではない。 いつも「希望にわき、苦難に耐えて」、長く不透明な苦闘、 圧政、貧困、病(やまい)、戦争そのものという人類共通の敵との苦闘の重荷に耐えよという合図なのだ。 こうした敵に対し、私たちは、北と南、東と西を結んで壮大で世界的な同盟をつくることができるだろうか。 そうなれば、全人類の暮らしはきっと、より実りあるものになる。 皆さんも、そうした歴史的な努力に加わってくれるだろうか。 世界の長い歴史の中で、最大の危機のさなかに、自由を守る役割を与えられた世代はわずかしかいない。 私はこの責任にしりごみすることなく、喜んで引き受ける。 私たちは、誰一人として、他人や、他の世代 と立場を交換しようとは思わないはずだ。 こうした、努力に対する私たちのエネルギー、信念、献身こそが、私たちの国とその国に仕(つか)えるすべての人々を照らし、その炎の輝きこそが、真に世界を照らす。 従って、アメリカ国民の皆さん、 国があなたがたのために何をしてくれるかではなく、あなたがたが、国のために何ができるるかを問いかけよう。 全世界の皆さん、アメリカがあなたがたのために何をしてくれるかではなく、私たちが力を合わせて、人類の自由のために何ができるかを問いかけよう。 最後に、アメリカ市民であれ、世界市民であれ、、私たちがあなたがたに求めるのと同じ高い水準の強さと犠牲を、ここにいる私たちにも求めてほしい。 良心だけを、確かな報酬とし、歴史を自分達の行動の 最終的な審判として、愛する国を導くために前進しよう。 神の恵みと助けを求めつつも、この地上では、神の御業(みわざ)は、じつは、私たち自身が成し遂げなければならないことを自覚しつつ。 1961年1月20日 ジョン・フィッツジェラルド・ケネデイ 素晴らしい! 最後が泣かせます。(あたかもNPOの精神みたいです。) そして、また、あの有名な箇所。 ask not what your country can do for you ask what you can do for your country not が入っているか、いないだけで、これだけ意味を変えさせる。 レトリックがすごいです。 マリリン・モンローと浮き名を流したとしても、 また、「国家」は別としても、「一人間」として、 これだけ感動させる演説をした、ケネデイさんは、人々の心にいつまでも残ります。
2008年9月17日 00:08 | ニコライ
Wow! 山鳥の尾、羽衣、天から引っ張った褌よりも長大コメントをいただきました・・・(笑)。ありがとう! 四十数年を経過しても輝きを失わないことばですね。でも、今の日本を見ていると、 ask not what you can do for your country ask what your country can do for you と逆さになってはいないかと・・・。
2008年9月17日 08:01 | 大南 信也