さよなら チャンさん

なんでも2008年12月24日

ニコライ

投稿者:ニコライ

平成20年12月20日(土)、早朝、チャンさんが惜しまれながら、逝かれました。47歳の若さでした。
肝臓ガンを患い、頑張ってこられましたが、とうとう還らぬ人となりました。

神山に来て6年半、大粟山のふもとに「居(きょ)」をかまえて3年。
私たちが行くたびに、いつも温かく迎えてくれました。
ありがとう・・・・チャンさん。

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たくさんのお花が添えらています。
(悲しみで、気づかずに手が震えていたのでしょう。きれいに撮れていません。)

ロンドンからお姉様が、室戸市からは、元神山町のALTのジョー君が、内山睦さまも
神奈川からトンボ帰り・・・たくさんの人たちが駆けつけてくれました。
中島恵樹様、和歌山の「月の祭り」の「かよ」様、楽音楽日の高校1年生の
宮城愛ちゃんら、が【 レクイエム(鎮魂歌)】を奏でてくれました。
数えられないくらいのたくさんの方達が「お別れ」を言いに、集まってくれました。

世界を2年半、妻、恭子さんとともに旅されて、最後に「神山」に来て頂きました。
“こんなに、たくさんの人たちに囲まれて、きっとチャンさんは、幸せだったと思う ・・・・・”
と、恭子さんが言ってくれました。

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もっと、もっと生きていたかったと思います。

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・・どこかへ行ってしまわれるのでしょうが、また還って来てくれると信じています。

アイヌの言い伝えでは、【 魂(たましい)】はこの世とあの世を行ったり来たりしているそうです。
死ぬと一旦、【 魂(たましい)】はあの世へ行き、またこの世に戻って来られる日を
待っているそうです。
この世で、誰かに子供が出来ると、○○家と○○家のご先祖があの世で、相談して、誰の、【 魂(たましい)】をこの世に送り返すか、相談します。そして決めると
妊婦の胎内に入り、やがて新生児として生まれてくるそうです。

【 魂(たましい)】がきれいだった人は、この世に還ってくるのが早いそうです。
チャンさんの【 魂(たましい)】は、とても磨かれて、きれいでしたから、
すでに、誰かの「新生児」の中に吹き込まれ、
もう帰ってきているかもしれません。
そうです。・・・・もう、きっと還ってきていると思います。

ニコライ

ニコライ

趣味: 真夏の寒中水泳(意味不明) 好きな言葉: プリテンド(pretend) 信条: 「神山」の進化と向上に貢献する。

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コメント一覧

  • 「掛け替えのない」という言葉がピッタリの人でした・・・。 いろんな人やアイデアを神山に持ちこんでくれて、それが形として実を結びつつある矢先の旅立ち。「神山は近いうちに大ブレークする!」が口癖でした・・・。 ごゆっくりお休みください。あなたが運んできてくれた変化で、神山が変わっていく姿を見守りながら・・・。 チャンさん、ありがとうね!

    2008年12月24日 01:01 | 大南 信也

  • 訃報のメールを拝見してから、何度もふたりでチャンさんを思い出しています。 知り合ってからの日は短いけれど、私たちにとっても大事な、思い浮かべると心の中に質量や温かさが生じる、非常に存在感のある方です。 チャンさん、また会いましょう。

    2008年12月24日 08:07 | ニシムラ

  • アイヌの言い伝え信じたいです。

    2008年12月24日 11:46 | サスケ

  • ご冥福をお祈り申し上げます。 チャンさんのブログ、愛読しておりました。 アイヌの言い伝えを、私も信じています。

    2008年12月24日 13:46 | よしだ

  • 「ここやったら みんなと一緒に楽しく年老いて、幸せを分かちあえるそう思うんよ。大切よねそれって!」 そう言っていつも美味しそうにご馳走を頬張る笑顔が素敵でした。 あなたの分までここでご馳走を,そして老いる楽しみを味わうつもりです。 見ていてください。 また、いつかどこかで・・・。

    2008年12月24日 14:17 | 仁木島 昭

  • 彼と一緒に暮らした神山長野での4年半・・   我が家には 彼の足跡がたくさん残っているのですがね。 彼の愛した小型の薪ストーブを1ヶ月ほど前に 僕のSTUDIOに移したのですが。。。    火を見ながら いろいろなことを思い出しています。。  数多き友の中でも、この10年間で 一番濃い付き合いをしたのが 彼でした・・・    それにしても 今回の お別れ会での 神山の方々の 暖かい心遣い・・・ 本当に心底 感激しました・・・ そういう方々に囲まれた CHANもきっと ‘イェイ~~~!!‘と言っていたと思いますよ・・・  本当に皆さま ありがとうございました・・

    2008年12月24日 23:05 | KEIJU

  • 日曜日にChanさんにさよならを言いにいけなくて本当にごめんなさい。Chanさんと一緒にイン神山を作ることでChanさんを知り合うことになったけど、短い間だったけど本当に深い影響を与えてくれたと思う。「もうちょっと勇気だそう」「もうちょっとがんばろう」「もうちょっと楽しいことを考えよう」のように考えるようになったのはChanさんのおかげです。感謝しています!

    2008年12月25日 13:38 | クレア

  • 神山展最中の8月、初めてお会いしたChanさんは、とても丁寧に作品を味わっていって下さいました。 Chanさんの周りにある空気は独特で、お話していると時間感覚が薄れていくようでした。 だからでしょうか、関わり合いになれたのはほんの短い時間ですが、長い間お話しさせて頂いていたように感じます。 出会えたご縁、そこから繋がっていくご縁に感謝いたします。

    2008年12月26日 02:24 | 稲垣

  • 本当に残念です。早すぎます。kokoさん、keiboさんをはじめ近親の皆様におかれましては心中をお察しいたします。 9月に神山を訪れた時は、「神山に理想的なコミュニティを造りたい。その可能性が十分にある地域だ。」ということを熱弁しておられ、私の心にも刺さりました。chanさんの見ていた明るいビジョンは、悲しみを超えるのに十分であり、私はその心を思い起こすことによってchanさんを追悼し、その託された何かに対して私自身どの様なことができるのか心の中を整理したいと思っています。本当にchanさんと出会えたことにありがとうと言いたいです。

    2008年12月26日 11:11 | 吉澤和芳

  • 久しぶりに日記を見てみると、お会いしたことはないけど、チャンさんが亡くなっていることを知りました。 いつも日記で拝見して、病気をしていることは知っていましたが、元気だと思っていました・・・ 残念です。 ご冥福をお祈りします。

    2008年12月26日 12:44 | 森 由仁

  • 20日の朝チャンさんの訃報が飛び込んできたときは頭をガーンと殴られたような衝撃が走りました。 チャンさんとの出会いは2001年のアーティスト・イン・レジデンスに特別招聘作家だった中嶋恵樹さんとの関わりからでした。 レジデンスが終わり恵樹さんが下分の山奥に居を構えてからの付き合いでした。訪ねていくと美味しいコーヒーを淹れてくれたり、焼きたてのパンをご馳走になりました。 チャンさんが自分で築いた窯で焼いてくれたパンの味は今でも忘れません。何をしても実に器用な人でしたね。いろんなイベントがあるときは音響・照明などに力を発揮しました。英会話も得意でレジデンス作家たちと実行委員の橋渡しをしてくれました。電気関係やパソコンなどに弱い私には神業のような人でした。 私と共通するところは唯一つ、料理づくりだけでしたか。それも奥の深さは負けていましたが・・・。彼は本当の食通だったのでしょう。 彼が発案した「粟生の森づくり」、グリーンバレーの大きな事業の一つですが、多くの人の共感を呼びました。それも彼の地球や環境や人々に優しい心が生きているからこそ成功したものだと思います。 チャンさん、静かに眠ってください。粟生の森の南斜面の栗林の中で・・・・。そして私どもを見守ってください。あなたの残した数々のアイディアを私どもは受け継ぎます。   

    2008年12月26日 15:25 | 中原 亨

  • とても短い間でしたが、チャンさんに会えてほんとによかったと思っています。 チャンさんが作っていったたくさんのすばらしいご縁の輪がますますこれからひろがっていくことと思います。 チャンさんどうもありがとう。

    2008年12月29日 14:13 | Keiko and David

  • 何を言えばいいのか、頭の中の整理が全くつかず、 日にちばかり経ってしまいました。 チャンさん… とてもとても残念です。 難しいご病気だということは伺っていましたが、こんなに早く、チャンさんにお別れをしなければならなくなるなんて、僕にはどうしても考えられませんでした… 言ってしまえば僕は、チャンさんとそう何度も会ったことがあるわけでは無いですし、 きちんと本名を伺ったこともなかった気がします。 ただ、いつの間にか僕のことを「ソーマちゃん」と呼んでくれるチャンさんと話しながら、 僕が知らない色々な事を、このひとはたくさん見てきているのだろうなと、 少しまぶしいものを見るような気分で眺めていたのを覚えています。 イン神山のサイトに書かれる、きりっとした、でもちょっと笑っちゃうような無邪気さのある、 チャンさんの日記を、東京からいつも追っていました。 このサイトを作ることに関われて、本当に良かったなあと思えることの一つでした。 いつからか、それが途絶えるようになってしまってからも、そのうちきっと、あんな感じで戻ってくるんだろうなあとか、ぼんやり呑気に思っていて… でも、この仕事に関わって、チャンさんの人生のほんの後ろの方に、少しだけ関われた事は、僕にとって大きな思い出です。 チャンさんの言葉をどこかに届けるということに、自分が、ほんの少しでも何かの役割を果たせたように思えることは、僕が今までにしてきたこの仕事における、大きな誇りのひとつです。 チャンさん、ほんの少しだったけれど、お会いできて本当に良かった。 長い間、病と向き合われていたと思います。お疲れ様でした。 今はどうか、ゆっくりと、安らかに休んで下さい。 またいつか、どこかでお会いしましょう。

    2008年12月29日 17:20 | ソーマ

  • 「ソーマちゃん」。 良い文章を書きます。 ジーン・・・・としました。

    2008年12月31日 19:48 | ニコライ

  • chanさんとはボランティアで知り合いました。その頃から、何を言うわけではないけれど、その存在とか生き方が何かを語っておりました。(その風貌も~(笑)。)旅立たれたと伺って、今あらためてchanさんの大きさが身にしみています。 (KOKOと太陽もさぞかし寂しがっていることでしょう・・・。) 繊細さと優しさ、強さと大きさと温かさ・・・、本当にたくさんのものを同時に持って生きているような方だったなぁと。 まだ、信じられない気持ちですが、chanさんはきっと天国に行かれてもおいしいものや楽しいことをみんなに振る舞っているのだろうな~。(chanパンはきっと、大人気でしょう(笑)♪。) chanさん、本当に楽しい時間をありがとう!。 そして、おいしいもの、楽しいネタを沢山持っていきますので、ぜひまたお会いしてくださいね♪。再会を楽しみにしております。 chanさんのことをお知らせいただき、神山の皆様に心より感謝いたします。

    2009年1月2日 00:16 | ばず

  • 今年の夏のインターンで、chanさんには本当にお世話になりました。終わってからもたいようくんの写真を送っていただいたり・・・。ほんとうに残念です。 ご冥福をお祈りします。そして一緒に過ごした時間はほんの少しでしたが、とても感謝しています。ありがとうございました。

    2009年1月14日 17:58 | そら

  • 天野様のご冥福をお祈りします。 恭子ちゃん、こんなに早く別れが来るなんて 辛いよね。

    2009年1月25日 17:18 | Siro Fukutake

  • 信じられません。うそみたい。幸せそうにうどんの話をしていたchanさんを忘れません。

    2009年1月26日 23:42 | 田中美貴

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