かみやまの娘たち vol.17 あるもので暮らす。いなかでお店を開きたい。

なんでも2018年5月7日

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投稿者:ウェブマガジン「雛形」 かみやまの娘たち

(hinagata)

ここ徳島県・神山町は、
多様な人がすまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

この町に移り住んできた、
還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

彼女たちが出会う、人・景色・言葉を辿りながら、
冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

写真・生津勝隆
文・杉本恭子
イラスト・山口洋佑


小田奈生子さん(こんまい屋/魚屋文具店)

都会に住んでいると、新しいお店が開くことはまるで日常茶飯事。大事に思っていたつもりのお店でさえ、しばらく通わないうちに移転・閉店してしまい、寂しい気持ちを味わうこともあります。

でも、神山くらいの規模の町なら、お店の誕生はちょっとしたニュース。私が知るだけでも3軒のお店がオープンした2017年は、神山にとっては近年まれに見る新店ラッシュの年だったのかも?

3軒のうちひとつは、細井恵子さん川本真理さんのインタビューでも触れた、フードハブ・プロジェクトの「かま屋」。あとの2軒は、苔庭などを扱う「こんまい屋」と「魚屋」という名を関する文具店で、 どちらも“オディ”こと小田奈生子さんのお店なのです。

苔庭と文具。1年で2軒のお店。あらためて言葉にするとけっこうインパクトあるけれど、いったいどうしてこういうことに? まずは「こんまい屋」のようすを覗いてみましょう。

2017年5月4日、苔にちなんで緑の日にオープンした「こんまい屋」。

苔との出会いから始まった「こんまい屋」

神山町の西側・上分地区の中津。「こんまい屋」は、徒歩1分のお隣には2016年にオープンした自転車レンタル&カフェ「Cafe Brompton Depo」、川の向こう側の森にはウッドデッキもあるエリアでオープンしました。町役場のある神領地区からは車で15分ちょっと。町の人たちの気分転換にはほどよい距離感です。

「こんまい屋」は、小田さんと渡邉純子さんの共同経営。小田さんは主に苔庭、渡邉さんは藍染めもしていて、それぞれに作品をつくりながらワークショップを開催しています。まずは、ふたりがここでお店を開くまでのことを聞いてみましょう。

「2016年春、地域おこし協力隊の任期が3年目を迎えたとき、「桜花連(神山町で現存している唯一の阿波踊り連)」でご一緒しているクリーニング屋の鍛(きたい)さんが声をかけてくれたんです。『オディ、今年もう3年目でしょ? 知り合いの苔に詳しいおじさんが、苔庭で食べていけるって言ってるよ』って。

そのときは『へー、そんな人がいるんですねー』って、小耳に挟んでおいたんですね。

その5月に、純ちゃん(渡邉さん)が神山に遊びに来たので滝に行ったらすごく苔がキレイで。『そういえば、苔庭に詳しいおじさんがいるって言ってたなあ』と思い出して。ちょうど、上分・中津に『Cafe Brompton Depo』がオープンした日だったので一緒に顔を出したら、その“苔に詳しいおじさん”が来ていたんです。

見つめれば見つめるほどに、目が離せなくなる苔の世界。ワークショップは随時開催、1700円〜。

『私たち滝で苔を拾ってきたんですよー』『おー、オレもちょうど拾ってきたー』って盛り上がって。後日、苔庭づくりを教えてもらったらすっごく面白かった。

“苔のおじさん”は、ふだんは木工をしている宗さんという人でした。
趣味で苔庭をつくってネットで売っていたら、けっこう売れるので追いつかなくなってやめたそうで、「誰かやったらいいんちゃうかー」と声をかけてもらったんです。

もともと、『協力隊の任期後にお店をやる』と決めていたので、住んでいる家の1階で文房具屋をやりたいと思っていました。でも、文房具屋だけじゃ絶対に食べていけない。純ちゃんも、藍染めをやりたいけどそれだけじゃ食べていけない。ふたりとも『もうひとつ、何か』があったらいいなと思っていました。

そしたら、宗さんが『Cafe Brompton Depoの隣の物件が空いてるから、ここでお店やったらいいよ!カフェの隣に雑貨屋さんがあるといいし!』って。その話を聞いたのが6月だったので、『じゃあ、7月から借ります』って言ったら、『7月じゃだめ!明日に伸ばしたら借りなくなるから、今!』って言われて、『じゃあ、わかりました』って借りることにしました。

借りたものの「どうしよう?いつオープンしよう?」と思って。文房具屋もやりたいし、文房具も売るお店にしようかなとも考えたんです。でも、苔と文房具を一緒に販売したらごちゃごちゃするし、住んでいる上角商店街も盛り上げたいという気持ちもあったので、やっぱり別でやろうと思って。

2017年5月4日、『こんまい屋』を先にオープンしました。ここを借りることが決まってからトントン拍子というか、人のつながりで出来たもの、みたいな感じのお店ですね」。

イースター島で、モアイと皆既日食。

「こんまい屋」には、苔庭をつくるための植木鉢や小物にまじって、小田さんデザインの雑貨や小さな焼きものも陳列されています(もちろん、販売中)。お店を見せてもらうと、ちょっと気になるものがありました。

チリ領イースター島にある、人面の石像彫刻「モアイ(Moai)」です。

イースター島に立っているもの、頭に小さな苔が生えたもの。小さいくせに、なかなかの存在感を放っています。気まぐれにつくったにしては数も多い。小田さん、なんでこんなにモアイをつくってしまうんですか?

「実は、高校生の頃からモアイがすごい好きで、いつか本場(イースター島)に行ってみたいと思っていたんです。

大学ではグラフィックデザインを学び、卒業後は現代アート作家のアシスタントとして2年間働きました。すごい勉強にもなったし技術も身について、作品制作自体は楽しかったんです。でも、ものすごくピリピリして制作する作家の姿を見ていたら、『私はこんな風にやれないな、ちょっと違うかなぁ』と思うようになっていって。

で、そんなときにちょうど『ピースボート』という船旅の存在を知ったんです。

いくつかある航路のうち、南太平洋を巡るクルーズならイースター島にも行ける。『いいなー!』と思って仕事を辞めました。『ピースボートセンター』に通っていると仲のいい友だちもできたのですが、みんなはイースター島には寄港しない北回り航路に乗ることがわかって。『えーーー!この人たちと乗りたいなぁ』と迷った末、みんなと同じ船に乗ることにしました。

あ、後でイースター島に行ったんですよ。2010年の皆既日食のときです。

『2010年を逃すとイースター島で皆既日食が見られるのは300年後』って聞いて『今行くしかないな』って。皆既日食が起きる7月11日の前後1週間は航空券が高いから、思い切って1ヶ月滞在しました。

「自炊してこしらえたおむすびを持って、毎日モアイを見にいく散歩をしていました」(小田さん)。

「ついつい寝転びたくなるスポット。向こうに見える山はラノララクで、掘り出し途中のモアイがたくさんいます。お気に入りの場所です」(小田さん)。

「皆既日食をモアイと一緒に。この写真は一緒に見ていた友人が撮影したものです」(小田さん)。

モアイ、すっごいいっぱいいるんですよ、もう島中に。観光用に立て直しているモアイもあるけど、だいたいは倒れて朽ちていて。それが逆に魅力的で、毎日いろんなところに散歩に行って、いろんなモアイに会いました。毎日、天候も変わるので『朝日とモアイ』『夕陽とモアイ』『虹とモアイ』とか、違う表情のモアイの写真を撮っていました。

たぶん、ふつうは一日、二日で飽きちゃうと思うと思うんですけど、私は1ヶ月いても全然飽きなかった。皆既日食とモアイを見て、けっこう人生満足したって感じかもしれません」。

田んぼもアート?
山が見えるところで暮らそう

モアイから前のめりにイースター島までに来てしまいましたが、ここでもう一度小田さんが「ピースボート」に乗った2007年にお話を戻したいと思います。

「ピースボート」は約3か月間の船旅。大自然や古代遺跡を見に行くなど、いわゆる観光的なお楽しみも盛りだくさんですが、船内の勉強会で社会課題について真剣に学び、その現場を見学に行ったりもします。

小田さんと同じ船に乗っていたのは、子どもから80代まで、年齢も背景もさまざまな人たち。なかには、1945年8月6日に広島に落とされた原子爆弾で被ばくした体験を伝えるために、世界を巡っているおじいちゃんもいました。後世の人のために、人生で一番つらい経験を伝え続ける彼の姿は、小田さんの心に響きました。

「今、自分はすごい幸せだなと思ったし、自分にできることがあったらいいな」。

船を降りた小田さんは、「自分にできること」を探しはじめました。

「『ピースボート』を降りてからは、東京でフリーターをしながら、いろんな土地を見に行きました。茨城で田んぼを手伝ったり、屋久島でファームステイをさせてもらったり。いなかの人たちは、何でも自分たちでつくってしまうんですよ。その生活そのものがアートに感じたというか。“あるもので何をつくるか”を考えるほうが面白いし、本当は正しいんじゃないかなって思いはじめました。

映画も演劇も、お店を見るのも好きだから都会は嫌いじゃないんです。ただ、モノがあふれすぎていることに飽きてきていたというか。何もないところで、自分で何かを生み出してつくっていく方に興味が出て来て、『いなかでお店をつくったら面白いんじゃないかな』という気持ちが出てきたんです。

その気持ちが再浮上したのは東日本大震災のときでした。

震災発生時は、ビルの9階にある映画館で働いていたからすごい揺れて。お客さんの避難誘導をしながら『このままでいいのかな』って考えました。『いなかに行って、自分のやりたいことしたほうがいいのかな』って。住んでいたシェアハウスの周りには、地域おこし協力隊になる子がけっこういたので、調べてみたらちょうど神山町も隊員を募集していたんです。

山もありそうだし、川もありそう。神山アーティスト・イン・レジデンスもやっているから、アートにも触れられそうだなと思って応募しました」。

魚屋さんだった家で文具店をオープン

2014年春から3年間、小田さんは神山町の地域おこし協力隊員として、NPO法人里山みらいで活動。慣れない車を運転して道に迷い、電波の入らない道で立ち往生したことも……。町の人たちに助けられ、また地域のお祭りの手伝いなどを通して地元になじんでいきました。

小田さんと、同じ時期に来町した神山塾6期生たちとも仲良くなり、1年半後には同世代の3人で家を借りて住むことになりました。2017年11月3日、「魚屋文具店」はその家の1階でオープンしました。

魚屋文具店。小田さんセレクトのちょっとゆかいな文具がそろう。

「地域おこし協力隊の面接で『任期が終わる3年後はどうしますか?』と聞かれて、『お店をやりたいです』って答えたんです。最初は、お土産屋さんをやろうと考えていたけど、暮らしているうちにお土産は『道の駅』でも売っているから別にいらないやと思って。

『何があるといいかな?』と思いついたのが文房具屋さん。昔は神山にも、文房具屋さんがいっぱいあったけど今は一軒もない。ふつうのペンやノートはコンビニで買えるけれど、ちょっとしたメッセージカードとかがあれば喜んでもらえるんじゃないかと思いました。

まだ、週2、3日くらいしか営業していないけれど、けっこう地元の人も来てくれます。通学路なので、小学生が学校帰りにお店に入ってきて『今日はこんなことがあった』と話して帰ったりして、楽しいですよ。

仕事や勉強を楽しくしてくれそうな文具たち。「なぜ魚屋なのか」はお店で聞いてみてください。

神山の特産品・すだちをモチーフにしたマスキングテープは小田さんがデザインしたもの。“すだち文具”に続いて、いつかは“苔文具”も登場するかも?

食べていけるかどうか、ですか?

冬の間は『こんまい屋』はお客さんが少ないし、『魚屋文具店』もまだそれほど売上は立たないので、デザインの仕事を受けたり、夏はすだちのバイトをしたり、いろいろ組み合わせて暮らしています。これからががんばりどき。地元の人に『すだちの便箋がほしい』と言ってもらっているので、すだち文具シリーズはつくりたいなと思っています。

神山の人たちは本当にみんないい人で。他の地域に入った協力隊仲間には、地元に馴染めなくて途中でやめちゃう子も多かったんですよ。神山は、外から入って来る人に慣れている人も多いし、神山に残る意志がちゃんとあったらすごい協力してくれる。

できれば、このまま神山で暮らしたいと今は思っています」。

 

 

小田さんが言うように、たしかに、神山の人たちは「本当にみんないい人」だなと私も思います。同時に、神山に移り住んでくる人たちには、何かしら“このまちにしっくりくる感じ”があります。「神山の人が」というよりは、神山という土地そのものが、このまちにしっくりくる人を呼び寄せているような気がするし、小田さんもまた神山との相性を持ち合わせていたのではないかと思います。

これから神山は夏、山も苔も一年で一番美しい季節を迎えます。
もし、神山に行くことがあったら、ぜひ『こんまい屋』で小田さんたちと一緒に苔庭をつくってみてください。日常のなかで、“小さな神山”をはぐくむ暮らし、きっと悪くないと思います。


INFORMATION

こんまい屋
https://www.facebook.com/conmaiya/

魚屋文具店
https://www.facebook.com/sakanayabunguten/


ライター/杉本恭子(すぎもときょうこ)
大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

転載元:ウェブマガジン「雛形」

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ウェブマガジン「雛形」 かみやまの娘たち (hinagata)

神山に移り住んだり、還ってきた女性たちへのインタビュー・シリーズ「かみやまの娘たち 」。ウェブマガジン「雛形」で全44回にわたり連載された記事をイン神山にも転載させていただきました。

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