アーティストインタビューKAIR2018

ラウラ・ルナ・カスティロ& ジョナサン・ターナー・ビショップ

アート2019年5月9日

Art in kamiyama

投稿者:Art in kamiyama

(こちらは英語によるインタビューを訳したものです。原文が投稿されているイン神山英語サイトもぜひご覧ください。)

それではインタビューを始めましょう。KAIR2018招聘作家、セレブリティカップルのラウラ(エレクトロ・ミュージシャン/現代美術家、メキシコ出身)とジョナサン(職人/芸術家、英国出身)です。

インタビューの時間を割いてくれてありがとう!

※以下のインタビューについて、作家たちの繊細な感情表現を失わないように、録音した内容の編集は最小限に留めました。文法に忠実であるよりは、作家との会話をそのまま感じてもらえるように…


●神山アーティスト・イン・レジデンス(以下、KAIR)へ応募したきっかけは何?

ラウラ(以下、らぅ): 日本に来たかったから。実は小さい頃からずっと日本に行きたかった。でも観光するだけじゃ嫌だったから!世界中の色々なレジデンスプログラムを見たけど、どうしても日本でレジデンスに参加したかった。ちょうどKAIRの情報を見つけて、短期滞在して自分のプロジェクトだけに集中するような他のプログラムとは違うと知って。コミュニティーに溶け込むように滞在制作出来ることが魅力的だった。それで来てみたら、想像以上に良かった!

ジョナサン(以下、じょん): そうだね、アトリエに籠って自分たちだけで活動するより、コミュニティーの中で暮らしながら制作できるというのは重要だったね。それに、2か月半という長い滞在期間のおかげで、神山という地を土台に生活しながら制作を進めることができたよね。もし2~3週間で終えていたら、その土地の感覚は掴めるかもしれないけれど、その一部になれるような感覚は味わえなかったと思う。これがKAIRへ参加した大きな理由のひとつかな。


●神山での暮らしはどう?

らぅ: すごく楽しいよ!帰りたくないよー!

じょん: 変だよね。向こうで犬たちが待っているしラウラはミュージシャンとして作曲も進めなきゃいけないし、自分たちの日常に戻りたいと思う反面、この素晴らしい幻想のような世界に留まりたいと思ってしまう。

らぅ: 2か月半暮らしたおかげで、神山での生活が日常になって、日課が生まれて。ここが私たちのホームなんじゃないかって感じる
最初の頃は、びっくりしたこともあったよ。ずっと都会で暮らしてきたから。でもこの前のさよならパーティーの時、「ああっもう(夜の)11時になっちゃった!9時には寝る時間なのに!」って!

じょん: それに、たくさんの人と繋がることが出来たからね。
例えばファミリーマートに入ると、いつもの店員さんがすでにタバコに手を伸ばしている。僕たちのタバコの銘柄を覚えてくれていて、注文する前から用意してくれるんだよ。そんな本当に些細な事が積み重なって、ここでの特別な「日常」に幸せを感じるんだ。

らぅ: 朝早く起きて、朝食の前にアトリエへ行って作業をして、宿舎に戻ってから朝ごはんを食べる。農家さんと同じスケジュールでしょ!


●作品を一言で表すと?

じょん: (ラウラの作品について)アオリータ!!(スペイン語。メキシコでは出来るときに出来る、という意味)
らぅ: うーん、そうだねぇ、制作過程はそんな感じかもね…。変幻自在。

じょん: ああ、それぴったりだね。

 

●一番怖かった出来事は何?

じょん: いちばん怖かった…?えーと、ソロでスカイダイビングした時に、スピン(体が回転しながら落下する危険な状態)が起きて、対処法はわかっていたけど一瞬恐怖で混乱してしまってね。そのパニックの瞬間は、あと数秒で僕は死ぬ…って考えたよ!

らぅ: 私は…。家族でイタリアへ行ったとき、お母さんが迷子になっちゃって。お母さん、英語もイタリア語も話さないのに!それでみんなで、やばい!どうしよう!って大慌てて探した。それが一番怖かったことかな。最悪の事態を想像しちゃったから。

 

●一番好きな日本の食べ物は何?

じょん: 何から言おうか?!長いリストがあるよ!

らぅ: うーん。

じょん: ラウラはラーメンでしょ。

らぅ: ラーメンとお好み焼きが一番だね。

じょん: 僕はかつ丼。それから…ご飯ものなら何でも。何かわからなくても、とにかく美味しいからね!

 

●芸術への道を志したきっかけは?

らぅ: もともと写真に興味があって、そこから映画にも惹かれて勉強してみようと考えたんだけど、映画製作は縛りが多くて、柔軟性が無いと感じた。短編を撮り始めるまでにもかなり時間がかかるよね。そんな時に、アート学科の生徒たちが自由奔放に小道具を作ったり、石膏や粘土使ってクレイジーな映像を作っているのを見てね、すっごく楽しそうなの。それで自分も好きに制作するようになって。
プラハで視覚芸術を学び始めたときに、アメリカ人の先生が、街を探索しながら音を集めて簡単なソフトを使って曲を作りなさいって課題を出してくれて。それをきっかけに夢中になって、作曲を始めるようになった。

 

●作品をつくる上で、自分の「やり方」はある?

らぅ: ないかな、特に。

じょん: ラウラは直感的だよね。何かを見たらすぐに明確な作品のビジョンが浮かぶけど、完成させるための段取りや作業の部分で抜けているところがあったりする。その過程でまたビジョンが浮かんで、そこへ向かって作っていく。
僕の場合、時計作りには所定の条件やデザインがあって、それに沿って作業を進めていくので、ラウラとはやり方が全く違う…。

らぅ: でも共通点はあるよね。時間の要素や繊細な動きの感覚とか。私の場合、主題はずっと変わらないけど、それ以外ではすべてがしなやかで柔軟であると思う。

じょん: そうだね、里程標のようにそこに変わらないテーマがあって、どんな作業をしていても必ずそこに戻ってくる。作曲をしていても、ラテックスを扱っている時も障子を組み立てているときも同じ。それが何であれ、その強い何かがラウラを引っ張っていく。それさえあれば、ラウラにとってはすべてが簡単に進んでいくよね。
僕は工芸から学んだから、アートとは進め方が全く違ってくる。職人として、厳密な形にするために仕事をしなければならない。その作業が正しいか、間違っているかのどちらかだけ。どちらでもない、という状態はあり得ない。

らぅ: ラッキ~!なんて嬉しい偶然は起こらないよね。

じょん: そう。完璧な形に仕上がるか、ゴミ同様か、そのどちらかだけ。
それに比べて、ラウラには素晴らしい創造力がある。僕たちの作品は、その構想や制作過程に重きを置いて、創造性を持って取り組んでいるんだ。結果につながる事も、そうでない場合もある。


●作品制作の中で一番難しいと感じることは何?

らぅ: カリンのように大きいサイズの作品や複雑なものをつくりたいと思うけど、私は計画が苦手だから難しいね。(劇場寄井座で発表した大きな構造物について)私はジョンに指示を出しただけ!カリンの作品は、たくさんのサポーターがタスクを任されて作業したでしょう。
うん、構想をまとめて、自分自身で大掛かりな作品制作に発展させられない事かな。


●1か月間だけ、蟻の大きさになったら何がしたい?

らぅ: うーん、わからない。蟻になって日本のどこかにあるゴミ箱の横でラーメンを食べて暮らしたい。

じょん: 人には近づきたくないな。何しようかな、いい質問だね。全く想像できない。頭が真っ白になっちゃうよ。これって何だか…心理学入門みたい!想像力が足りない!


●今まで作った中で最悪な作品はなに?

らぅ: 私は、スカルプチャー。新しいことに挑戦してみた時!
ガラスと陶器を、えー、銅と、窓に使うあれは何だったかな、…鉛!銅と鉛を使って溶接したもの。最悪だった。どこに捨てたらいいかもわからなかった。もう隠したいくらいだった。先生の所へ行って、今作品ができました、でももう捨てますって言ったよ!どこに放ったらいいわけ!?
ひどいものを作ったなあ、恥ずかしかった…。

じょん: 一番の失敗作は…。時計学校に在籍していた時、作ったパーツをスイスに送るという課題があって。何か月ものあいだ、繰り返し同じものを作る練習をしたので、かなり上達した。
テスト本番は、半日という期限を与えられてそのパーツを作る。何度も練習を重ねたし、実際にうまく作れるようになっていたから自信はあったんだよね。でも心のどこかで、不安があった。もしかしたらって。それでスイスから戻ってきたパーツを見返して…。合格したけど、酷いものだったよ。練習で作ったものの方がずっと良かった。見るにも耐えない出来で、処分したよ。技術は習得したと思っていたのに、現実を付きつけられたようで…最悪の気分だよね! 

●このハムについて、どう思う?

らぅ: いいね!

じょん: 勘弁して…!触りたくもない!

らぅ: 私は食べるよ!いっぱい食べちゃう!


●自分の作品で嫌いなことは何?

らぅ: 作品を設置する時が一番嫌かな。画家がうらやましい。壁に引っ掛けたらすぐに飲みに行けるじゃん!1週間かけて設置して、終わりが見えて来きたら良いけど。
作業を始めたばかりの頃は、ラテックスや他のものを見て、どうするのこれ?どうやって吊り下げるの?って思ってた。いつもプランニングがね…。
でも完成したら最高の気分。それまでは、どうしてこんな事始めちゃったの!?って考えてる!!

 

●今までもらった中で一番最悪なアドバイスは何?

じょん: 多分、母からのアドバイス。「アーティストとデートするのはやめておきなさい!!」

らぅ: え、それって最悪なアドバイスだったの?それとも参考になったわけ??

じょん: 考え方次第です!(笑)
酷いと思ったのは、常に安全な選択肢から選びなさいと助言されたことかな。つまり…僕は法学部を中退したから、法律を学べばキャリアに繋がるし稼げるとか色々言われて。2年勉強して自分には向いていないと気づいた。
それから安全圏を避けるようになった。31歳で時計職人になったのは大きな決断だったけど、作業台に向かった時に直感したんだ。ここが僕のいるべき場所だって!
これが自分のやりたい事だって気づくまで、自問自答の日々だったよ。
兄を亡くしたのをきっかけに、全てがはっきりした。だから、ローンを組んで家を買って車を持つような、普通に安全な生き方をしなさいと助言されたことは最悪。そんなこと、年齢を重ねるにつれてどうでもよくなるんだから。不幸だと感じたら、お金があってもなくても、どんなライフスタイルでも関係なく不幸な人はそうだから意味がない。
僕たちが地球上に存在できる時間は限られているから、ワクワクするようなことをしなきゃ。アーティストとデートしたりね!


●一番好きな匂いは何?

じょん: 朝の珈琲。それか、焼き立てのパン。珈琲を淹れるのもパンを焼くのも好き。

らぅ: 焼き立てのパンっていい匂い。

じょん: 朝一番に珈琲を淹れると、すべてが満たされる気がする。その香りで目が覚める。
早朝の森を散歩しながら感じる新鮮な空気や、朝露の香りに代わるものはないけれど、普段の生活の中では珈琲が一番。

らぅ: 私はパンと、木。え、違うよ、木の燃える匂いじゃなくて、吸い込んだら危険な……木粉!杉?そう!杉の粉!危ないけど、あの匂いが好きだな。スタジオでサンダーをかけていた時、いい匂いだったな~!


●影響を受けた人は誰?

じょん: ラウラは音楽や芸術作品…

らぅ: 長いリストがあるよ!

じょん: 影響という点では、特に昔作られたものに触発されることが多いな。
水彩画だと、ウェッソン。
時計作りだったら、1850年代にクロノメーターを製作していた無名の職人たち。有名な時計職人で言うと、ブレゲやトンピオンの技は信じられないほどその時代の先を行くものだった。それを機械ではなく手で作っていたんだから。最小限の方法で、最大限の仕事をした。
人生をかけて仕事をする工芸職人たちには頭が上がらない。人生と工芸が切り離せないほど強く結ばれている人たちだよ。


●神山でずっと暮らすことになったら、何がしたい?

らぅ: ちょうどそれを考えていたところ!メキシコ料理のレストランを開業しようかな。神山でよくあるランチ営業のみとか、夜だけとか。

じょん: 神山は今、分岐点に立っているんじゃないかな。潜在能力を十分に発揮することなく、愛らしくて美しいありのままの姿でいるか、可能性を最大限に利用して変貌を遂げるのか。
山々を見て、どうしてマウンテンバイク用のルートやハイキングコース、山小屋が無いのかな、って思う。徳島市からも遠くないし、レジャー面での潜在能力はかなり高いと思うよ。まだまだ活用されていない可能性がたくさん眠っているのに、どうして地主の方々はそれを利用しないのかわからないな。
アメリカやイギリスで山間部に土地を持っていたらすぐに山小屋を建てて、家族友人、子供を連れて週末はキャンプやハイキングに行くよ。尾根がずっと続いているから、特にハイキングにはいいと思うけどな。


●弱点は何?

じょん: お互いの弱点を挙げた方が良さそうだね!

らぅ: ジョンから言って!

じょん: 最初の方でも触れたけど、アオリータ。難しい決断をギリギリまで先延ばしにする傾向がある。
だって修士号の論文を3日で仕上げたんだよ、ワイン2本開けて。
それに比べて、僕の方は一年くらいかけて準備して、締め切り12週間前から焦り始める。もう耐えられないよ、恐怖の時間だよ。

らぅ: ジョンの弱点は自分に厳しすぎるところ。
何も始めない。例えば水彩画。準備万全で挑みたいって言うけど、万全になることなんて無いじゃん!厳しすぎて、私がおかしくなっちゃいそう!もうやっちゃえばいいのに!
20種類くらい水彩絵の具セットを持っているし、水彩画用紙も20種類くらいあるんだから。
描いちゃいなよ!始める!
でも準備が整っていないから~、技法の本でまだ読んでいないものがあるから~って言うしね。

じょん: ラウラの強みは、何でも積極的に挑戦するところ。すごいことだよ。しかもそれで成功させるから。
これはイギリス人の気質なのかな、失敗するようなことはあえてしない。ビジネスと同じで、一度失敗したら、二度と銀行はお金を貸してくれないから。
でもアメリカで暮らしてから気づいたんだ。6、7回失敗しなかったら成功とは呼んでもらえないって!まあそんな理由で、踏み出せないところがあるかな。
でも、若い時はそんな事少しも無かったけどね。不思議だよ。14歳で金箔工芸を始めて、15歳でスカイダイビングを習って、16歳で飛行機の操縦を覚えた。早すぎたけれど、それが僕の絶頂期!そこからはもう下り坂のようだ!

らぅ: 私は、考えが甘いところがある。人生においても、金銭面でも。後から現実がドーンてのしかかってくる。

じょん: それで僕はパーティプーパー(直訳するとパーティでうんこするひと。しらけさせるひとの意)って呼ばれるんだよ。現実と向き合うことが僕の役目だからね!

●ところで、このフラフープを使って何かしてくれる?

最高!インタビューを受けてどうもくれてありがとう!

また神山で会えるといいな。

 

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