神山の輪【阿川地区】後編

学び2014年4月15日

神山塾 6期生

投稿者:神山塾 6期生

こんにちは!神山塾六期生です。 自分たちでは見つけられないような町内のステキなヒト・モノ・コト。それらを、地域のみなさんから紹介してもらいリレー形式で巡っていく『神山の輪プロジェクト』。阿川チームの後編をお送りします。 担当の岩本、野田、鈴木、安嶋、五味が行ってまいりました! 後半一件目は、大和合金の尾崎さんからの紹介で、県議会議員の岩丸正史さんをたずねました。 下調べ不足により、道の駅から徒歩で向かってしまい、待ち合わせ時間に大幅に遅れてしまうというハプニングもありましたが、岩丸さんは笑顔で迎えてくださいました。 その節は大変ご迷惑おかけしました。

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(40分ほど歩きました…重い荷物を頑張って運んでくれた岩本の背中がその距離を物語っています…)

そんなこんなでちょっと冷や汗をかきながらスタートした取材でしたが、岩丸さんの明るさで、取材が終わる頃にはすっかり心がほぐれていました。 神山で生まれ育った岩丸さん。中学時代は野球部、陸上部に所属。徳島駅伝名西郡代表選手に選ばれるなど、かなりのスポーツ青年だったようです。実際お宅にもいろんなたてなどが飾ってありました。 そんな岩丸さん、大学の工学部にすすんだ後、建設会社岡田組に入社。ISO9001(品質システム)を建設会社で徳島で初めて取得したり、会社の経営に関わるお仕事をされた後、縁あって阿波観光ホテルの総支配人に就任。その後、神山教育長をへて、県議会議員に就任されました。 異なる様々な分野で活躍されてきた岩丸さん。現場で仕事をするのが好きで、気づいたらここまできていたとおっしゃられていましたが、影には様々な努力があったのではないかと思います。その謙虚な姿勢のなかに、岩丸さんの静かな情熱を感じました。 神山のこれからの課題として、少子化をとても気にされていました。子供の減少によって地元の祭りが縮小されていったり、配属になる教師の減少によって教育が偏ってしまったり。問題は深刻であることを感じました。私たちにもなにかできることはないのでしょうか。 00011926.jpg

小さいころから神山で過ごしてきた岩丸さん。出かける時は必ずマイすだちを持っていくそうです。すだちがないと何か物足りないそうで、外食先で持参したすだちをカットして出してもらうこともあるとか。「たまに切り方を間違えて出されることがあるんだよ」と笑顔で話してくれました。これをご覧になった飲食店で働く皆様、すだちをカットする際には、切る向きにお気をつけください!

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神山塾は八月上旬まで。そのころには塾生みんなマイすだちを持っているようになったりして。 00011927.jpg

そんなことをちょっと考えながら、軽トラに揺られて岩丸さんのお宅をあとにしました。岩丸さん、お忙しいところありがとうございました!

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つづきまして後半二件目です。 今回は五味、岩本、鈴木、野田、安嶋の5人編成でお送りいたします。 県議会議員、岩丸さんに紹介していただいた神山中学校校長・高橋博義さんにお話を伺うため、神山中学校におじゃましました。久しぶりの校舎はとても懐かしく感じます。

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岩丸さんと高橋さんは中学生からのお知り合いで、中学時代に部活動が同じでした。高校、大学も同じで、岩丸さんは工学部、高橋さんは教育学部で学んでおられました。 高橋さんにとって、岩丸さんは中学時代も今も変わらず尊敬できる先輩だとおっしゃっていました。

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現在の神山中学校は、昭和44年4月に神領と鬼籠野の中学校が統合し発足しました。高橋さんは神山中学校の第一回目の卒業生だそうです。 昔は生徒の人数も多く、遠方から通う生徒のための寮(300人規模)があり賑やかでした。しかし今では生徒数が減り、現在3学年でたったの54人に減ってしまいさびしいとおっしゃっていました。 最近は、県外からの移住者のおかげで生徒の減り方も緩やかになってきているとか。もっと増えるといいですね。 00011930.jpg

高橋さんはほとんどずっと神山から出たことがないそうですが、そんな高橋さんに先生になったきっかけを伺ってみると…。 「きっかけは自分自身が…ではなくって、おばあさんの影響が強かったかな。私は田舎の長男なんで、家に残りなさいと。そういうようなことを特におばあさんによう言われて…地元で職をって言うたら先生がええかな、先生になれ、と小さいときからよう言われて、小学校5~6年から先生になろうというような気持ちを持ってましたね。」とのことでした。 「やり遂げる」 高橋校長先生自慢のかわいらしい生徒の心に、このすばらしい校訓が強く刻まれるといいですね! 高橋さんの優しい心遣いと笑顔のおかげで、緊張気味の私たちのインタビューも終始和やかな雰囲気で進めることが出来ました。 お忙しい中お話を聞かせて頂き本当にありがとうございました。 00011933.jpg

最後は、高橋さんの高校時代の先輩にあたる寄井商店街、金物店を営んでいる佐藤さんにインタビューです。 高橋校長先生から「この人しか思い浮かばない!」とバトンタッチされたのは金物屋を営む佐藤英雄さん。00012006.jpg

今回は、塾生がホームステイさせて頂いている岩丸さん宅の居間を会場に、なんと岩丸さんのありがたいファシリテート付きでインタビューを行いました。

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岩丸お父さんの絶妙なファシリテート付き。

過去に塾生内でファンクラブがあったという噂の佐藤さん。 神山町の重要な『ヒトとヒト、ヒトとモノを繋ぐコーディネーター』役の佐藤さん。最近ではカフェ店内を英語が飛び交い「ここは本当に神山かな…?」とその町の変化にしみじみしたそうですが、長い間、いったいどのように神山と歩んでこられたのでしょうか。

県外から働き方暮らし方を模索しにきた塾生にとって、なぜ「ここで生きていく」と決断したのか、は非常に気になるところ。神山町出身の佐藤さんはいつ地元に根付こうと考えたのか。それは高校生の時だったそう。
中学校を卒業後、高校へ通うため市内へ。当時、吉野川の橋から神山の山々に雪が積もっているのが見え、
「あーあの山の下に自分の家がある。早く帰りたいなぁ」と感じたそうです。
夏は川で泳ぎ、秋は松茸をとり…と、楽しい思い出ばかりの地元。家が商売人だったこともあり、自分も商売人なると思っていた佐藤さんにとって、地元に戻ることは自然な流れだったようです。

高校を卒業後、岡山で1年実務を積み、再び神山へ。当時、『青年団』という若者で構成された、地域おこしの原点にあたる団体がありました。佐藤さんは21歳で副団長、22歳で団長、23歳で名西郡の後援会会長と、若いときからリーダーを任されてきました。佐藤さんの年代は、今までの伝統的な町内行事を「もっと面白いものにしよう!」と様々な革新的な企画を行ったそうです。

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奥様とも青年団で出逢われたそう・・・ぽっ

特に思い出深いのは町民祭。昼間に子供向けの人形劇、夜は花火大会という初の試みは、トラブルの連続だったそう。当時、町の道は狭く花火を見ようと詰めかけた人や車で、神山始まって以来の大渋滞。警察もパニック状態。町営バスも身動きが取れず方々で「佐藤さん!」と助けを求める声と「コラ佐藤!」と怒号が飛び交っていたようです。しかし、神山にはこんなに人が住んでいたのかと思うほどの盛況ぶり。祭り後はメンバーで朝方まで飲んだお酒の味は格別だったことでしょう(うるさくて怒られたそうですが)!

若い時から現場の責任者として動いてきた佐藤さん。今、周りの人から「佐藤さんが言うのなら。」と思わせてしまうのは、長い時間をかけて築いてきた人との信頼関係があってこそ。
前例がないことを提案し、反主流派だと嫌みを言われることも少なくなかったそうですが「最高の人生を送らせてもらっている」という佐藤さん。何事にも楽しみを見つけるのが上手い方だとご自分を振り返っておられましたが、どんな場所、どんな人に囲まれていようとも、自ら楽しさを見つけることが人生を楽しくするコツなのだなと、すっと腹オチしました。

そんな佐藤さんに最近ステキな出来事が。ルーさん、アダムさんを連れランチへ行った時、ルーさんはそこで知り合った人に佐藤さんを「teacher」と紹介したんだそう。
なんのteacher?という問いに「LIFE」とひと言。”LIFE teacher” 人生の先生。ステキな言葉に心温まった佐藤さん。ここは僕のおごりで!と会計に向かうと、
もうすでにルーさんがお会計済みだったそうです。
なんとも佐藤さんらしいですね、チャンチャン!

いかがだったでしょうか?人生の先輩の半生は、私たちの新たな生き方考え方のヒントになるものばかりでした。(佐藤さんから『喧嘩の極意』を教わりましたので、気になる方は阿川チームメンバーを捕まえて聞いてみてください!)00012009.jpg

青年団で活躍後、PTA、神山国際交流協会、グリーンバレーと神山を思って活動してきた佐藤さん。目の前のことに全力で取り組んで来た方は本当に良い顔をしていらっしゃいますね。私も小さなことからでいいから、コツコツとやるからにはキチンと形にしていこうと心に決めたのでした。

佐藤さん、そして岩丸さん、ご協力、本当にありがとうございました。

神山のヒトノミクスを目の当たりにした今回の神山の輪プロジェクト。3チームのまとめ記事をこれからアップ予定ですので、引き続きお付き合いください!

某タモリさん。こんなステキな企画が生まれるなんて、本当にテレフォンショッキングをやっていて、良かったですね!!!

阿川チームがお送りしました!

コメント一覧

  • 初めまして。 徳島県在住の者です。 今日、本屋で手に取った 【神山プロジェクト】 という本がきっかけで 記事を拝見させていただきました。 皆さんの明るい笑顔 そして人と人が繋がる事って ホンマに素晴らしい事なんだなぁと ニヤニヤしながら楽しく記事を見させて頂きました。 新しい記事が出来るのを 楽しみにしております。 ◆徳島市在住  人と話すのが苦手な34歳の営業マンです(ーー)

    2014年4月17日 00:21 | 三倉 庸人

  • ルーさんが佐藤さんのことを「ライフ・ティーチャー」? 言い過ぎ・・。 「良い顔をしています」? よいしょ し過ぎ・・・ 「コラ佐藤!」と怒号が飛び交って・・ 合ってると思います。(笑)

    2014年4月19日 12:50 | ニコライ

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