杉皮奮闘記Vol.12 人の暮らしと杉皮、再び

住まい2020年10月23日

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投稿者:sugikawa

こんにちは。

森林回帰推しの(性格上もっぱら個人的に動いている)市脇です。

今年、杉皮を情熱的に採集しているグループが生まれ、せっせと活動に勤しんでいることはイン神山で読んで知っていましたが、時代と生活様式の変遷の中で継承されることが難しかった杉皮葺の文化が世代を飛び越えて継承される瞬間を見ておきたく、8月30日に同行させてもらいました。

剥いだ後が模様みたいになっています。

杉皮を集めることになった経緯はこれまでの投稿をぜひご覧ください。
 

遊びに行く時ですら私こんな早朝に起きたりしないですよ?と思いながらむっくり起き、役場に集合したのは朝5時。出発前のレギュラーメンバーの行動はさすが落ち着いたもので、ちゃっちゃと積み込みを終えて出発です。

美しい朝焼けに心が洗われるようです。

車を乗り換え、白み始めた空を見ながら現場に向かいます。目指すは矢治谷という場所、上分の観月茶屋さんの下くらいです。到着して見渡すと、結構な勾配の斜面に森林組合さんによって切り倒された杉の木が数本横たわっていました。

朝焼けを見送り、さっそく作業開始です。

表面のひび割れた杉皮がまるでゴボウの皮剥きのようにシャコシャコと削れます

切れ目から刃物を差し込んでとんとんと柄の先端を叩き少しずつ押し込みます。道具から伝わる手応えと素材の様子を確かめながら、割れないように、そしてなるべく幅広になるように剥がします。

こんなにきれいに剥けました!嬉しいな〜

8月30日は時期的に木が水を吸い上げるのをやめてしまう頃にさしかかっており、適期という一説のあったお盆前から剥いてきた皆さんが口々に「剥きづらい」と口にするのが印象的でした。おまけに杉皮の確保はまとまった量には至らなかった模様。どうなるのか、今後の動きに注目です。

 

さて杉皮ですが、瓦葺きの下地として最適な資材なのですね。神山町で昭和の前半に建てられた家の軒を見上げると杉皮が見えることがあります。現代の家屋の建築では屋根瓦の下にルーフィングという石油系の資材を敷いて雨の侵入を防ぎますが、杉皮はそれに代わり、またそれ以上の資材なのだと言う設計士の人もおられます。

切り取った杉皮の後ろで市脇はドヤ顔をしています。わーい!

杉皮は何年も同じ場所に立つ杉のボディを暑さ寒さから守っているだけあって、その作用がそのまま屋根の上では雨の侵入を防ぎつつ通気性に優れていて結露を防いでくれるのだそうです。杉板の利用に関する色々な記述を読んでみたところあるブログに

太陽が照りつける昼間は杉皮はソリ返って、そして冷える夜間には杉皮のソリが納まっていて、まるで24時間自動運転のように屋根下地の通気を図ってくれています

とありました。有機的な素材の本領発揮ですね。

 

ここで神山町史を紐解いてみましょう。昭和の前半期までの暮らしとして、上巻第一章「神山のくらし」の第一節「節山」の一「山林」にはこうあります。

当時は伐採した木は樹皮をはいで一定期間乾燥させ、造材して搬出した。「スギカワブキ」といって屋根を葺く材料として、スギカワを使用することがあったので、木材の出荷の際にはがしたスギ、ヒノキの樹皮は屋根を葺く材料としての産出物であった。木材出荷のためにはがした樹皮はのして四尺二寸(約一・二六メートル)の正方形の規格にそろえ、三間(約五・四メートル)分を木の外皮が表面に出ないように一束にくくって出荷をした。

ここからわが町でも杉皮葺が産業として存在していたことがわかります。

頼りになります。

神山町における生活様式としての杉皮葺がいつ頃始まっていつ頃まで続いたのか、茅葺屋根にも一部用いられた時期はあったのかなど興味は募るばかりです。なぜなら檜皮葺を専門としている人のブログを読んでいたところ、例えば奈良・吉野で杉皮で屋根を葺いていたのは戦後から、との記述があったからです。まだまだ調べる必要がありそうです。

(なお、『神山町史 上下巻』は農村環境改善センター2階にある「ほんのひろば」の郷土資料コーナーで閲覧することができます。貸し出しもできます。ご利用ください。)

 

今回の活動で刮目に値すべき点は、杉皮採集の道具がまだ家々に残っていたことと、その使い方をご存知の世代がおられたということでしょう。

あるとないとでは大違い。あって良かった道具たちです。

かつては必須であったにも関わらず、今では用途さえわからない道具は世代交代や住む人が変わる時に捨てられてしまうことが多いです。杉皮を使う生活様式(自分で家の普請をしたり、あるいはその道具を使った仕事で生計を立てていたり)がなくなれば、それに付随して道具も簡単に姿を消します。だから、こうして町の公共建築の屋根を杉皮で葺けることになったのは本当に素晴らしいことです。参加した人たちの多くが若い世代で、彼らはその道具の名前と使い方を知っているのです。

 

それに自分たちで素材を調達した屋根が町にあると、その後どうなってるかなって気になりますよね。台風などで剥がれたりしたら修理しなきゃと思いますし、時間が経って朽ちてきたら葺き替えもやりたくなりますね。そのきっかけを作れたのは本当に良かったなと思います。意義ある「まちづくり」のひとつと言えましょう。

これからも杉皮の屋根を見守ります。ずっと、見ていきます!!

今後も長い時間をかけて、楽しみに見守っていきたいです。

 

<参考文献>
『神山町史  上巻』神山町史編集委員会 編、2005年

<参考ウェブサイト>
・野の草設計室「古式な屋根素材。。」
        http://nonokusa.com/2018/02/17/古式な屋根素材%E3%80%82%E3%80%82/
・ご縁日記”木挽棟梁をめざして 「杉皮葺きの意外な歴史」       
        https://blog.goo.ne.jp/marusugi_2006/e/1057d58f34c3f0c1183f1ab3dcdc6eff
                 

 

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