「まちの外で生きてます」#01 大家孝文さん

なんでも2021年9月13日

やままち編集部

投稿者:やままち編集部

はじめまして〝やままち編集部〟です。現メンバーは、大家孝文・大南真理子・白桃里美・中川麻畝・海老名和、神山町出身の5名。大阪で働いていたり、東京で働いていたり、神戸の大学に通っていたり、徳島市で働いていたり。

「まち」で暮らしているけど、心の中には「やま」があります。離れたところからでも神山にかかわれないかな…と思っていたら、ある流れで「広報かみやま」に参画することに。2021年の9月号から、町外にいる若手のインタビューと、その人にむけた中学生のQ&Aのシリーズ記事、「まちの外で生きてます」が始まることになりました。

紙面の都合から一部分しか載せられないので、イン神山で、ロングバージョンを公開させてください。
第一回は、下分出身でいまは大阪で暮らす大家孝文さん(40歳)の話を聞きました。大家さんは〝やままち編集部〟のまとめ役でもあります。


── 神山で過ごした頃の話を聞かせてください。

大家 僕は、下分・今井で生まれました。

同級生が21人の下分小学校に通った後、神山中学校に入学しました。そこで自分の運命の一つとなるサッカーに出合いましたね。下手くそで劣等感もあったんですが、これは後でも話しますが、サッカーとの出合いが今にもつながっています。

中学1年の時に生徒会の副会長をしたのは良い思い出です。本当は3年の時もしたかったけど、自分でやりたい!って言えなくて(笑)。ちょっと後悔しています。

── 小中学校の時の夢は何でしたか?

大家 父親が大工だったので大工です。というか大工っていうといた方がえぇかな、みたいな(笑)。ぼんやり大工になるのかなと思っていました。

でも中学生の頃、兄が「俺が大工継ぐわ。俺か孝文ってなったら俺やと思うし」って言っているのを聞いてしまって、「あ、僕は大工にならないのか……」って。

その後は、将来何になりたいか具体的には考えていなかったですね。だから中学校の立志式の時、夢は「世界一周したい」とか「平和な世の中をつくりたい」とかボケみたいなこと書いていました(笑)。具体的な夢がなかったのは、当時自分のなかでも苦しいことだったように思います。

── 中学校卒業後は、町外へ?

大家 目立ちたがりの中学校時代から、徳島市の徳島商業高校に進学しました。中学時代の思い出のなかに寮生活というものがあるのですが、楽しい反面、人間関係とか苦しさもあったなと。それで新しい友達や環境をつくりたくて徳島商業に入ったというのもありました。

高校ではラグビーをしてみたり、バンドをしてみたり……。一矢報いるためにいろんなことをしていたけど、不完全燃焼。

でも、スポーツ少年団のリーダースクールという活動に参加していたのは大きかったかな。ドイツなど交換交流でいろいろなところに行かせてもらったことは、良い経験でした。

── 高校卒業後は進学? 就職?

大家 穴吹カレッジで医療事務コースに入りました。2年間に学んだことは、大失恋と介護は自分には向いていないということ(笑)。

勉強より、サッカー部を立ち上げてそこでサッカーをするのが好きで、みんながホームヘルパーの資格を取ったり、介護系の職場に就職していくなかで、僕はスポーツショップ、ササクラスポーツで働くことを決めました。

そこでは、サッカーのほかに、カジュアルコーナーの担当もしました。当時、スポーツカジュアルというのが流行っていたし、“カリスマショップスタッフ”のような言葉もあるほど、ショップ店員全盛期。漠然とアパレルって良いなぁと大手セレクトショップに憧れも出てきました。

そんなとき、展示会で当時雑誌を賑わせていたバイヤーに出会いました。そこで運命を感じて23歳の時、今働いているアーバンリサーチドアーズの店舗で働くようになりました。 

初めは大阪の郊外の店舗で働いていました。人に笑ってもらうのが好きで顧客は多かった方だと思いますが、社員試験とかの面で仕事は割と上手くいってなかったですね。

人生これで良いのかと悶々と悩んでいたら、母親が「一度帰ってきたら?」と。29歳の時に仕事を辞めて、30歳で神山に戻ってJAに入りました。でも、それまでの経験が上手く生かせるわけでもない。販売員の時はそれなりに自信があったものが、これまた上手くいかなかったです。もちろんJAでも学びは多かったですが、徳島市内の同年代の人たちが運営していたサッカーチームでプレーする方が生きがいでした。

ある夏の日にアーバンリサーチの元上司から、新しく立ち上げる高松店への誘いが来て。揺らぎましたね。その時ちょうど大きな事故で怪我をして、唯一生きがいだったサッカーができなくなって悩みまくっていたところ。それを見兼ねた今の奥さんが「高松でやってみたら?」と背中を押してくれたんです。それでアーバンリサーチに戻りました。

長いですけど、僕の人生でここまでが第一段って感じかな。高松店では店長として4年、中四国エリアのスーパーバイザーとして2年働いた後、37歳の時、大阪でブランド販促部門に異動しました。

── 今の仕事について教えてください。

大家 ブランド販促で主にPRを担当しています。イベントの企画進行や店舗の販促物作成。ブランディング育成ということでスタッフの教育にも携わっていますね。

今まで出会えなかった人に会える、面白い人に会えることは、この仕事の楽しみの一つ。でも大変なことは、とにかく忙しい。締め切りのために生きているんだと思ったりします(笑)。

僕は場に慣れるまで3年くらいかかるんですが、今の部署に配属されたてのころはめちゃくちゃ失敗して苦労した。でもその分今は楽しめているかな。今の環境でできることを全部やっていこう、とりあえずやってみようと思っていますね。

ここまで振り返って、僕の人生で恵まれていたのは“人”だなと思います、月並みですが。家族や徳島の人たちもすべて。要所要所で怒ってくれたり励ましてくれたりする人がいなかったら、今の僕はなかったな。 

── 今、神山との関わりは?

大家 最近は、仕事も絡めたりするようになったので、プライベートで2~3回、それ以外で年2回くらいです。

高松店で働いているころに、神山の動きを知りました。トラベルガイドブック「d design travel 徳島」ができるときで、ワークショップがあったりして。僕は仕事で行けなかったのですが、そこからいろいろ情報が来たり、兄が神山のプロジェクトに関わるようになったりして、漠然と関わりたいと思うようになりました。

その時、店舗のコラムを書いていたので、神山のことを書いたんです。母のことと神山のこと。

そうしたら、神山つなぐ公社の高田友美さんが偶然それを見て「大阪に神山を愛してくれている人がいる!」って(笑)。当時、高田さんが大阪で住まいづくりのトークイベントする場所を探していたので、アーバンリサーチの店舗でやってもらってつながるように。そこからは、仕事を絡めて帰ってきたりしています。 

── 町外から見て、今の神山はどんな印象ですか?

大家 率直においしそうなお店が増えたのは良いなと思います。下分に帰っても川で泳ぐしかしてなかったけれど、最近はいろんなお店にいくようになったかな。

兄がそこに関わり始めたことも大きくて、中学時代の後輩、馬場達郎くんや白桃 薫くん(共に神山中学校1998年度卒業)のように、神山にいるみんなとつながるようになってさらに愛着がわいてきました。

── 今、一番の楽しみは?

大家 6歳の娘が自分の背中に乗ってくれる時かな(笑)。子どもを授かったことによってすぐに変わったことはないけど、生まれ変わったら……と思うことはなくなりましたね。逃げの姿勢はなくなったというか。

最近は、僕が寝転んでいて娘に「背中に乗って」って言ったら乗ってくるようになりました。多分寝転んでいるという状況も良くて、忙しさから解放されて横になれていることも相まってその瞬間が幸せですね。格闘技にもハマっています。

── 今後の夢があれば教えてください。

大家 夢はいろいろあって、会いたい人に会いたいというのが一つ。それと神山で大工をしている兄と一緒に何かを形にしていきたいですね。僕の持っているスキルや経験を生かして何かしたい。両親が元気なうちに何かを形にしたい。

あと、今は賃貸なのでかないませんが、猫が飼いたいです(笑)。 

インタビュー・文:大南真理子 


神山中学校の後輩たちからの質問


Q:いつか、また神山に帰ってきて暮らそうという気持ちはありますか。(中1)

大家 もちろんその気持ちもあります。まずは今の暮らし(仕事・子育て)が落ち着くまでは拠点は変えず頑張ろうと思っています。でも「帰りたいなー」とはよく思います。


Q:全く知らない土地で働いたり生活したりするために、中学生のうちに何をしておくとよいですか。(中1)

大家 中学校のときは、まずは今興味のあることを一生懸命頑張ってほしいなと思います。部活なら部活。勉強なら勉強。みたいな感じです。

今、楽しい!と思えること、頑張っていることは、そのことにすごく興味もあって、そのことについて色々なことを人と話して言葉として吸収することができる貴重な時間です。その過程で人に言葉で思いを伝えることの大切さを必ず学びます。

将来なにをするにしても、年を重ねればかさねるほど、他の人とコニュニケーションを交わす力が大切になります。興味を持って頑張っていることを今は一生懸命やりながら、その中で人や言葉との出会いを大切に様々なコニュニケーションを学んでほしいなと思います。

その経験があれば知らない土地での生活にとって良い出会いを生んで場所も人も好きになれると思います。


Q:外から見て、今の神山のことをどう思いますか。(中1)

大家 率直に自分が住んでいたときよりいろいろな人がいて楽しそうだなー。美味しいお店が増えて良いな。という意見です。久々に実家の近くの川で泳ぎましたが最高でした。笑


Q:神山にUターンするとしたら、何がネックになりますか。(中1)

大家 …難しい質問ですが(笑)、働く場所・子供の環境が大きく変わること…かな?と。でもこれからの時代はどこでも働けるようになりますのでいろいろな人がUターンしたら良いなと思っています。


Q:今の神山に足りないものは何だと思いますか。(中1)

大家 都会にあるものが神山にあることが良いのか…と思いますので特に思い当たらないですが、自分が中学生の時は色々な刺激や体験がしたかったので県外に出ている気がします。


Q:今の神山と昔の神山で違うところはありますか。(中2)

大家 町全体で新しいことにチャレンジしていて昔よりたくさんの方に注目されている部分は、違いがあるように思います。

でも神山の人の距離感や町の穏やかな感じは、変わらず魅力的と思います。


Q&Aとりまとめ:中川麻畝・海老名和
デザイン:白桃里美
編集部とりまとめ:大家孝文

やままち編集部

やままち編集部

やままち編集部は、神山町出身の5名(大家孝文・大南真理子・白桃里美・中川麻畝・海老名和)からなる編集部。「遠くで暮らしていても、神山にかかわることが出来れば」という想いから、「広報かみやま」で連載「まちの外で生きてます」の連載を企画・制作しています。(2021年夏より)

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コメント一覧

  • この企画大変いいです。神山の中で、また外で暮らしている人、神山に関わりのある人の今の暮らしの中で見えてくるもの、感じるものなど、率直な意見を聞けて楽しいです。心強いです。 県外で暮らす神山町出身者は多くいると思います。人人とのつながりの中で、そういう人たちに繋がっていくといいなあと思います。掘り起こしをお願いしたい。

    2021年9月15日 09:47 | 久保素弘

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