かみやまの娘たち vol.41 図書館や本屋さんのない神山に「本がある場所」をつくる。

なんでも2020年11月12日

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投稿者:ウェブマガジン「雛形」 かみやまの娘たち

(hinagata)

ここ徳島県・神山町は、
多様な人がすまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

この町に移り住んできた、
還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

彼女たちが出会う、人・景色・言葉を辿りながら、
冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

写真・生津勝隆
文・杉本恭子
イラスト・山口洋佑


市脇和江さん(NPO法人グリーンバレー「ほんのひろば」)

図書館や本屋さん、ブックカフェ。本がある空間にいると、たとえそのときは読まなかったとしても、「本があることに満足する」気持ちになります。手を伸ばせばそこに、自分の知らない世界が開く扉がある。手の届くところにその可能性があることがとても豊かに感じられるのです。

そんな空間が身近にある暮らしをしていたのに、もしも移り住んだまちに「本のある空間」がなかったら?

“かずちゃん”こと市脇和江さんは、公立図書館や本屋さんのない神山町に移り住んで数年後、「本のある場所をつくりたい」という思いをもつ仲間と3人で「ほんのひろば」という活動をはじめました。

ある夏のしずかな午後、かずちゃんたちが育んだ「ほんのひろば」で、神山に移住して約10年の間に「ゆっくりふくらんだかずちゃん」の話を聞かせていただきました。

震災後、東京から神山に行くと
みんなが枇杷を食べていた

 東京の大学院生だった市脇さんが、神山に移り住んだのは2011年7月21日。東日本大震災の発生から約4カ月後のことでした。交通や物流がストップするなか、市脇さんは“ネット上でだけ流れていた情報”から「神山塾」というキーワードを偶然にひろいあげたのです。

「生まれたのは岐阜県の中津川市。好きな植物のことを学びたくて、東京農業大学に進学しました。地元を離れたくて東京へ出たのに、卒業後はまた地元に帰ってきちゃって。長野県からの新規就農助成金に、実家と当時中津川市と合併前だった村がお金を足して、地域おこしのためのいちご農園をつくることになったんですけど、そこを担う人間として私が抜擢されました。

『お父さんが脱サラするまでやってくれたらいい』と言われたのですが、新規就農に対する助成だから、私が従事することが前提だった。言葉は悪いけど、父に言いくるめられた。ただ、当時の私はそれを気にする余裕がないほどに主体性がなかったんですね。

農業をやめられないから、遠距離恋愛を見送ったりしているうちに30歳くらいになって、『いよいよやばいぞ』と思いはじめました。やりたくないことを続けていても、責任感も芽生えない。そんなときに、自治体の合併で長野県の助成金の監査がなしになりまして。あまりに世間を知らないのと地元から離れたい気持ちから、社会のことを学ぼうと社会学系の大学の社会人編入枠を受験。受かったのでもう一度東京に出たんです。

大学での研究は楽しくて修士まで進んだけれど、能力的にも金銭的にも行き詰まって、東京での生活にらちがあかなくなって。震災が起きたのは、ちょうど休学して仕事を探そうとしていたときでした。近くのスーパーから食料がなくなり、公共交通機関も使えないなかで、いろんな情報だけがTwitterに流れてくる。そういうなかに『神山塾』もあったんです。

当時、遊んでいた仲間に『神山って知ってる?』と聞いたら、『あそこは変わっているよね。楽しいことをしているみたいだよ』と、ポジティブなことを聞かされて。彼らが言うなら面白いんじゃないかと思って、休学期間を使って半年間行ってみることにしました。

実家での農業から抜け出して大学院にも入ったけど、思うようにいかなくて、だんだんしんどくなって。そのピークがきていた震災後人生で一番くたびれているときに神山に来たんです。

神山ではみんなが枇杷(びわ)を食べてたのを覚えています。どこの家でも『お茶どうぞ』って言ってくれて、冷蔵庫を開けるとすごくたくさんの枇杷が入ってる。そういう季節だったんです」

本のことをやりたい3人で、
「ほんのひろば」をはじめた

神山塾は、神山で地域の人と交流しながら、自分の生き方、暮らし方、働き方を考えるという人材育成事業です。市脇さんは2期生。「徳島がどこにあるかもわからないまま高速バスに乗って」東京を出て神山に向かったそう。「2期は女性が多くて、みんなそれまでの生活や仕事、人生をどこかでちょっとリセットする感覚があったと思う」と言います。

「2011年の冬に神山塾が終わって、半年くらい徳島市内でアルバイトした後、神山の保育所で資格のいらないお手伝いとして2年くらい働きました。でも、保育士の先生たちのプロフェッショナルな仕事をつぶさに見ていると、資格をもたないただのお手伝いがしんどくなってきて。自分にもやりがいをもって一所懸命できることはないのかな?と思いはじめて退職しました。

1年間、失業保険をもらいながら徳島市内の職業訓練校で木工の勉強をしました。私の田舎は木曽ヒノキの産地なんですけど、神山には杉がたくさんある。樹木の知識や加工の技能を身につけたら、杉で何かできるかもしれないと思ったんです。

職業訓練が終わってしばらくした頃、NPOグリーンバレーの事務局長だったニコライさんが『事務局で働かない?』と誘ってくれました。ありがたいお声がけだなと思ってグリーンバレーに勤めはじめて。今、5年目になります。

『ほんのひろば』のきっかけは、グリーンバレー事務局の大先輩の定子さん。ご自身も絵本が大好きで、子育てするときも読み聞かせをしていたそうです。神山は、各公民館に図書室があって、徳島県立図書館から貰い受けてきた本が巡回しているのですが、入れ替えがないから目新しさがないし、子どもの本がほとんどなかったんですね。

グリーンバレーの事務局がある神山町農村環境改善センター(以下、改善センター)は子どもの総合健診の場所にもなるので、町内の子どもがたくさん集まる機会があります。それを見ていた定子さんは『ここにもっと本があれば、子どもたちが本に触れるいい機会になるのに』とずっと思っていて。

そこに、私と『神山に図書館をつくりたい』という夢をもっている役場の駒形くんがやってきて。たまたま『本のことをやりたい』という3人が集まったことで、『ほんのひろば』が動き出しました」

本が好きな人たちと場をつくり、
本を必要とする親子に読んでもらう

「ほんのひろば」がはじまって今年で3年目。最初のうちは予算もなく、県立図書館の廃棄図書の書庫から子どもたちの絵本を選んだり、お母さんたち向けに料理の本を選んだり。3人それぞれのセンスで選ばれた本は、譲り受けた本棚に並べられていきました。

少しずつ充実していった「ほんのひろば」の本棚。つい手に取りたくなるようなタイトルが並びます。

『そんなに一所懸命やるんだったら』と、教育委員会が大型絵本を買ってくれるようになりました。グリーンバレーからも予算がつくようになったので、人気の本を古書店で探すなどして、一冊でも多く面白い本を増やす努力をしているのだそうです。また、新品の本はAmazonのウィッシュリストを活用して寄贈していただくことも。

聞けば聞くほど、「本が好きじゃないとできない活動だな」と思います。そうそう、改めて聞いてみたいんですけど、市脇さんはどうして「本のこと」をやりたかったんですか?

「それまではどこに住んでもどこを訪ねても、図書館やブックカフェ、書店や古本屋さんがあったんだけど、神山にはなかったんですよ。徳島市内に出れば図書館もあるし本屋さんもあるんだけど、“店主の色”がついているような本のお店はなかなかなくて。じゃあないものはつくるかと。

でも、神山には図書館や本のお店がないからこそ、かえってやりたい放題できるし、みんなに協力してもらえるんですよね。

県立図書館から新しくやってきた本は、図書館の人たちに本をきれいにする方法を教わって、書架に出す前にクリーニングしています。表紙の汚れをメラニンスポンジで落としたり、本をコーティングしたり。そして、『ほんのひろば』に関心をもつ人を増やすことにもなるから、譲ってもらった本をみんなできれいにする『本のクリーニング大作戦』も開催しています。

本のクリーニングは、私たちだけでやれなくはないんですけど、やることが多くなりすぎると『新しい本が来てうれしいね』って気持ちが通り過ぎていく感じがあって。『クリーニングのやり方も身につくし、本が来るのはいろんな人に喜ばれることだからみんなで一緒にしよう』と呼びかけてはじまりました。

「本のひろば」。天井にぶらさがるモビールが、「ここは楽しい場所だよ」とサインを発しているようです。

でもね、本の面倒を見てくれる人と、本を利用する人の層は全く違う。『一緒にやろう』って言ったときに、『やろう!やろう!』って来てくれる人たちが、積極的にここで本を借りているわけではないんですよ。どちらかというと、本を借りにくるのは子育て中の親子が中心かな。

この場所の使い方は来る人たちに委ねているので、思い思いに過ごしてもらえたらいいという感じですね。

面白いのは、『自習スペースがほしいな』と思って机をふたつ置いてみたら、さっそく使いはじめる人がいたこと。場所をつくれば人は来ると思っていたけど、本当にその通りで。ザリガニにとって気持ちのいい水路をつくったら繁殖するのと同じで、生き物の『ここに居たい』という感覚、理屈ではないものに引き寄せられるのを如実に感じています。

それでちょっと空間づくりにも興味が出てきたんです」

こんな空間があったら、誰だって思わず長居したくなりますよね?

豆ちよ+ほんのひろばではじまった
『コーヒーとほんのひろば』

空間づくりへの興味をもちはじめた市脇さんは、今年6月から神山のコーヒー屋さん「豆ちよ焙煎所」の”孝ちゃん”こと千代田孝子さんと、『コーヒーとほんのひろば』を月に1回開くようになりました。同じく神山の『魚屋文具店』や古本ユニット『ふるほんのいちば』も参加し、定例の小さなブックフェスのような場に育ちつつあります。

「改善センターの『ほんのひろば』には、立派なカウンターがあるんです。『コーヒーとほんのひろば』は、『ここでコーヒーを淹れたい』と孝ちゃんが言ってくれて実現しました。

今までこの場所は、『とにかく開いているから誰でもどうぞ』を確保する場でした。今度は、『コーヒーとほんのひろばがあれば来られる』を、日にちを限定するイベントにして差し出してみて。居心地の部分を追求しながら、いろんな工夫をしていったときにどう受け取ってもらえるのかを試しているところです。

もともと4月からはじめようとしていたのですが、新型コロナウイルスの感染が拡大したのでいったん中止して。6月に第1回を開きました。その分、考えたり準備をしたりする時間が増えて、孝ちゃんともじっくり打ち合わせができたから、スムーズにやれたかなと感じています。

テーマは『文字の力を信じる』。10時にオープンしたのに、みんなが来たのは最後の1時間だけ。でも、お客さんが来ていなくても『これは面白いぞ』って私たちにちょっと見えていた。

「コーヒーとほんのひろば」。写真左は、コーヒーを淹れる千代田孝子さん。

机の周りで、読み聞かせがはじまりました。

第1回開催に合わせて市脇さんが創刊した、個人フリーペーパー『植物>人間』。当日は参加者と一緒につくる『ゲリラ通信』も制作されました。

ゆるやかな時間の流れのなか、あちこちに熱のある場が生まれていました。

終わった後、その日のテーマやテイクアウトメニュー、出店、選書のタイトル、子どもたちとの遊び、窓辺に活けた花やBGMまでをひとつのセットリストにしてみたら、朝から晩までしていたことが、ひとつのライブみたいにすごくつながっていて。それぞれが構成要素として過不足ないのがすごく不思議でした。

これからも第3日曜日を中心に続けていきます。本がある場所がほしいと思っている人たちの好きな場所になれたらいいなと思う。孝ちゃんが真心をこめてコーヒーを淹れて、人に飲んでもらうのをニヤニヤしながら見ることができるのも、何ものにも代えがたいなっていう気持ちもあります。

来た人たちが勝手に楽しそうになってくれるのを『いいね、いいね!』と思いながら見ている、そういう場をつくりたいなと思います」

過去の経験を解消して、
ゆっくり自分がふくらんだ

はじめて神山に来たとき、「人生で一番くたびれていた」と言う市脇さん。その後、神山塾で出会った人と一緒に暮らしていましたが、「元気が戻ってきて、バンドが方向性の違いで解散する」ようにして別れることになりました。「やっとそこで、自分の考えと経済で自分の人生をハンドリングする」ことを経験したのだと話します。

「めちゃくちゃ弱って神山に来たというのもあって、しばらくは人づきあいも全然していなかったんですよ。パートナーだった人の後ろにいて、私の顔を出して私の仕事をする必要はなかった。だけど、ひとりになって『働き方をどうしよう?』とすごく考えるようになって。

そのなかで、仕事になるかどうかはわからないけど、すごくしたいことをどういう風にやっていこうかというときに、『人とつながる必要はどうしてもあるな』と観念したというか。

私が『すごくしたい』のは、『生きていることをお祝いすること』です。『自分は役立たずで、果たして生きていていいのか』と自問するときもありましたが、これっておかしな問いです。生きていることがすべてであって、そこに良いも悪いもない。だったら私は生きていることをまずは喜びたい。できれば誰もがそうなって、よかったねと言い合いたいなって。

『コーヒーとほんのひろば』では、私と孝ちゃんで小さい選書コーナーをつくっているんです。自分たちの主張や考えを言う場がなかなかないなかで、ここがすごく大事な役割を果たしてくれていることに気がついて。ますます人とつながって、『私たちはこういうことをしています』と言う必要が出てきました。

神山にきてから、本当にゆっくりとふくらんだと思うんですよ、自分が。

「差別と人権に対する自分たちの態度表明としてつくった」という選書コーナー「差別と人権を考える」。

今は、自分の経験を消化して、私と同じようにしんどい人に何かできることがあればいいなと思う。神山に来てから、しんどい思いをした女友だちの相談に乗ることが多くて。そういう“女の駆け込み寺的事案”でピンチのときに、『こういう本があるよ。こういう言葉があるよ』って言えるようになりたい。

問題と問題、事象と事象をつなげるときの有機的な管でありたいと思います。フィルター、いったん置いておく倉庫みたいなものかもしれないし、寄り道をつくるのかもしれないけど。

死ぬまで生きなきゃいけないので、自分にやれることが人のためにもなって、それで自分が食べていける状況をつくりたいなって欲が出てきました。ただ、その欲と仕事が結びつかなくて、いろんなことをしているんだけど、そのうち何かになりそうな予感はあります。

今は、何かを出したい、出してみたいっていうものがところてんのように押し出されてきています。それは去年と今年では違うし、今年より来年でまた何か違うのかもしれないです」

「私も面白くて人も楽しいような何かをつくるのが好き」というかずちゃんは、ものづくりや木工、季節の花をつかったリキュールづくりなど、人の心をバウンドさせる魔法使いみたいな人だな、と思います。

最近は、生木を使う木工「Green Wood Work」を学びはじめました。生木は柔らかいので削りやすく、子どもたちにも扱いやすいので、いずれ教えられるようになってみんなで木のスプーンや器を一緒につくりたいと考えているそう。

「コーヒーとほんのひろば」も回を重ねて、演奏が安定してグルーヴ感がうねりだしたバンドのライブみたいになっているようです。わたしも、月一回の開催日の朝に孝子さんが公開する「Spotify」のプレイリストを聴きながら、「豆ちよ」のコーヒーを入れて京都で本を読むのが楽しみになりました。

そのうち、「コーヒーとほんのひろば」が開かれる日に神山を訪れて、本を読んだりおしゃべりしたりしながら一日を過ごしてみたいと思っています。みなさんも、いつかの第3日曜日にぜひ。


ライター/杉本恭子(すぎもときょうこ)
大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

転載元:ウェブマガジン「雛形」

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ウェブマガジン「雛形」 かみやまの娘たち (hinagata)

神山に移り住んだり、還ってきた女性たちへのインタビュー・シリーズ「かみやまの娘たち 」。ウェブマガジン「雛形」で全44回にわたり連載された記事をイン神山にも転載させていただきました。

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