集落の歩き道と石積み散策

なんでも2019年2月25日

作田祥介

投稿者:作田祥介

2019年2月9日、上分(かみぶん)地区の「名」(みょう)という集落を散策しました。三年前から神山で連綿と続く景観や暮らしの文化の調査を重ね、『神山暮らしの風景図鑑』をまとめた慶應大学SFC 石川初研究室稲田玲奈さんが案内をしてくれました。


 

写真の赤いマークが「名」集落の位置。Google マップによると、神山町役場から12.6㎞、車で37分のところです。

歩くコースは、地域振興センターを出発し集落の家々の間を抜ける道を歩き、山のてっぺんの八幡神社へと続く景観をみるというもの。神山に暮らしはじめて三年目ですが、初めて足を踏み入れる場所です。稲田さんによると、京都の祇園祭りで使われる檜扇(ヒオウギ)を作っている集落だそうです。

地域振興センター

坂道を歩いていきます。

この日は『図解 誰でもできる石積み入門』(農文協)を書いた真田純子さん(東京工業大学/一番左手)、『石造りのように柔軟な/北イタリア山村地帯の建築技術と生活の戦略』(鹿島出版会 多木陽介訳)を書いたイタリアの建築家アンドレア・ボッコさんたちと一緒に散策しました。
 

  


石積みや景観、建築物をみる視力の高い人たちとの散策。あちこちで足が止まり、じっくり見る。視る。観る。そして、石の大きさや積み方の違い、昔から続く暮らしの知恵や工夫に想像を巡らす会話が飛び交いました。同じものをみていても自分では気づけない面白い世界に連れて行ってもらいました。

自然石積み×練石積み(コンクリートが混ざった石積み)×純粋コンクリ。中央にはドラム缶がピタッと鎮座しています。石川研の皆さんが言う「ハイブリット石積み」感満載です。
 

坂道と平行に続く石積み(写真右)。珍しいそうです。
 

「石積みをする地域ではいつでも積めるようにストックする場所があります。イタリアの農山村でも同じです」と解説してくれる真田さん
 

お墓に続く石段は家や畑の積み方と違っていました。
 

対面の集落風景。西尾さんの鉄塔でしょうか。見晴らしがとても良い。
 

歩き道を行くと石積みの壁に出くわしました。「このあたりのどこかに先に行ける道があったはず」と稲田さん。地域の人でないと行けない道を探しながら調査をしている様子が伝わってきました。
 

写真ではわかりにくいですが、大きな石の後ろにはグリ石と呼ばれる小さな石が詰められているそうです。
 

集落を抜けて見渡せる景色

 

山のてっぺんにたどり着くと八幡神社がありました。掃除が行き届いています。
 

地域の人が描いた絵も。
 

近づいてみると、最近塗られた様子がわかります。

八幡神社近くの石の祠
 

石積みを見ながら歩く歩く


同じ集落なのに、石の大きさや形だけでなく、積み方も色々あるのがわかります。

「ここは崩れてきています」と真田さん。そんな場所をいくつも見つけていました。
 

この土地で信仰されている「おふなとさん」が公共事業のコンクリート擁壁に作られていました。
 

地域の方が八幡神社の境内の脇にカヤバ(萱場)があったことや「昔はシュロの木を畑にいくつも植えていた」と話をしてくれました。

散策を終えて
集落の中を通る歩き道は地域の共同空間です。誰しもが自由に出入りできる公共空間ではなく、そこに住み暮らす人たちのための空間です。神山に暮らしてはいても他の地域で住んでいる私はよそ者であり、散策中はお邪魔をしている感覚を抱えていました。つまり、ずっとドキドキしながら歩いていました。集落の人たちと関係を築きながら調査を重ねている石川研究室の稲田さんの案内のおかげです。ありがとうございました。

建築家のアンドレア・ボッコさんの神山滞在のきっかけ
2019年2月10日に西村佳哲さんが開いたトークイベントの告知文に書かれています。ご興味のある方はそちらを。
若林 恵×多木陽介|公開対談「神山をめぐって」

石川初研究室の記事
今年の夏も神山町におじゃまします。
石川初研究室:2017年度もよろしくお願いします。
慶応SFC石川初研究室 神山町プロジェクト成果報告会のご案内
夏の神山町振り返り日誌〜調査の始め方(8月)〜
神山初来訪(3月)のこと
石川初研究室、イン神山にてブログをはじめます。
 

作田祥介

作田祥介

神山つなぐ公社 しごとづくり担当・理事 神山の本好きが集まる「ほほほんクラブ」部員

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