暮らしてよかった。お世話になりましたー

なんでも2022年5月22日

西村 佳哲

投稿者:西村 佳哲

5日前の16日、神山から東京の家に、家族・猫・荷物ぜんぶ引っ越しました。長いワークインレジデンスを終えた感じ。荷物を解きながら、ここ数年間の写真を眺めています。

初めて神山を訪れたのは2007年の秋。ウェブサイトづくりの相談をもらい、二泊三日の日程で行った(私は右下のひと)。「シーン」という感じの一切しない、屈託なく話す人の多いグリーンバレーのワイワイミーティングにすっかりやられましたね。こりゃ面白いと思った。ピンクのシャツの人(ニコライさん)が熱弁をふるっています。

くにこさんの話も素晴らしくて、いまもありありと思い出せる。一緒に来たトムと楽しく過ごし、東京に戻ってたりほさんに相談。それから半年かけて最初の「イン神山」をつくったわけだけど、そういえば他にもタイトル案はあったな。

「グリーンバレー」という名前は、映画『わが谷は緑なりき』から来ているという話を聞いて、この人たちの守備範囲の広さはなに?と驚いたものです。
『わが谷は緑なりき』はジョン・フォード監督の名作(1941年公開、イギリス/ウェールズの19世紀末の炭鉱町が描かれている)で、通の間では重要な一本だけど、見たことのある人はそう多くないと思う。(Amazonプライムで見れます。下は「緑の谷」方向に振ったラフ&ボツ案)

サイトが完成して、公開が始まったあとの運用ミーティング。奥にたりほ。話しているのはチャンさん。夭逝されたけど、一緒にいて楽しかったな。

チャンさん・ココさんと仲良しになり、その後も年に1〜2回神山を訪れるようになった。

この先、回顧モードで長いです。下は大阪・grafの連中と一緒に訪れたときの写真。工藤さん、ムッちゃんと、たぶんこの年のレジデント制作中のアキリカ。

それから数年経って「家を借りたい」と相談。先週まで暮らしていた家を紹介してもらい(ありがとうございました)、東京から何度かバスで通って改修。東京で一度会った音山くんと再会したり、旭川で一度会ったヤッちゃんと再会したり、不思議な縁の数々を感じた。

同じ頃、福岡で「ここはどこなんだろう?会議」というイベントを開いていたら、隅田さんと樋泉さんがニコニコ笑いながら会場にやって来て驚いたのだけど、飲み込みが悪く、二人がお付き合いしているとわかるのに時間がかかった。手前から2列目、アツアツの2人(今もか)。

翌年、神山の地方創生にかかわることになって、夏から秋にワーキンググループを実施。あの人もこの人もいますね。みんな今より7歳若い。

下はWEEKがオープンする直前だと思う。フードハブもまだ準備段階の真鍋家の土間で、なにかが始まろうとしている。もう一つ下の写真では、既にテストキッチン仕様になっていますね。

樋口さん、細井さん、奈央ちゃん。いい写真。テストキッチンは遊撃手的で、ときどきの状況に応じて形を変えてゆく自在さが面白かった。

小料理店になっている日も多かったな。後ろ姿は、りっちゃんと竜二さん。

同じく、前テストキッチン時代の真鍋家土間で。井爪さんはこのあとニュージーランドに引っ越して、そのまま永住?と思っていたら先日帰国された。会う間もなく神山を離れたので残念。NZの農家における豚のポジションなど、いろいろ聞いてみたいことがあった。

2016年1月に開かれたワーキンググループ2の風景。普段別々に存在しているまちの人と人が、混ざり合う機会をつくるのは大事なことじゃないかな。

まちでも身体でも、たいていの問題の一つは血行の不良だと思う。

WEEKのキッチンにジェロームが来て、女性陣と一緒にご飯をつくった日。2016年くらいかな。数年後には神山に居を構え、子どもも育てることになるとは。

WEEKは、民間の投資でつくられた空間が公益性高く使われていて、近くの「てくてく栗生野」もそうだけど素敵ですね。隅田さんえらい。そしていまは神先さん、素晴らしい。

旧里山みらいで、山口県などの「森の幼稚園」を見てきたグループがその視察報告をしていた日。「子どもがこんなに沢山!」と驚いたのと、その視察に森さんも一緒に行っていて、彼もみんなの前で話していたのが印象に残っている。

​世代差のないフラットな付き合いが自然に存在しているのは、神山の本当にいいところですね。「言うとおりにしろ」と偉そうな態度を示す年上世代を、あまり見かけなかった。若手が萎縮していないのは、社会にとって大切なことだと思う。

リノベ前の「寄井の店と家」(現在「豆ちよ焙煎所」が入居)。大家さん、すごい物件を直しましたね。

同じ場所。豆ちよ焙煎所で、野菜のイラストを展示するちえちゃんと、手伝う西海さん。ここもなかば開かれた「みんなの場所」性があって、すごい。

フードハブ・プロジェクトのオープン前、真鍋さんのアレンジで、アメリカ西海岸における農家とレストランの関係を学びに出かけた。

エディブルスクールヤードの屋外キッチン。旅は財産をつくりますね。一緒に行った人たちと、そのあといろいろなことが出来るようになる。身体がよく動くようになるというか、関節の可動域が広がるというか。中でも白桃さん親子(シゲさん・薫さん)と一緒に行けたのがとてもよかったと思う。この二人に会えて、私はいい人生だ。

かま屋さんの以前の姿。なにも変わっていないと言えば変わっていないわけで、デザイナーの力はすごいな。

下はオープンの夜だと思う。

ここの中庭は広場としてよく機能していて、いいよね。駐車場との高低差も手伝って、いい具合に人間の空間になっていると思う。

子どもたちがフリマを開いて、そのあとミーティングをしていた日もあったな。

かま屋の加工室がまだ本格稼働していなかった頃の一枚。5年後に「まちの食農教育」が立ち上がるわけだけど、みんな、これから自分がなにをするのか見事に知らないもんだな。いや、知っているのか。

デイヴのシェフインレジデンスは格別でした。子どもたちを含む私たちにも、彼自身にも、双方に貴重な時間になったと思う。

青葉さんも「かま屋」の一時代をつくり上げた感じで、他人事ながら誇らしい。

つなぐ公社と兄弟的だったこともあってフードハブの写真は豊富。

後年、大阪/URBAN RESEARCH DOORSで開催されたイベントにも聞き役で参加。楽しかった。行きの車の中でずっと話し込んで、そのままの勢いでみんな話して帰ってきた印象。

このお弁当(のり弁・試作品)を食べる機会はなかったのが残念。

でも、「誇らしい」と言えば「ほんのひろば」の定子さんと市脇さんだ。自分はまったく関与していないけど、彼らのことをつい誰かに自慢したくなる。

(よく知らない人は特集のインタビューをご覧ください)
>特集「放課後・休日の子どもたち」 第4話|ほんのひろば

海老名先生といえば、神領小学校を離れるとき黒板に残していた『村を育てる学力』の書き写しが強烈だった。いまは学力が村どころか、国を捨てうる力として扱われる有様だけど、私個人は村でも国でもなく、やはり愛を育むものであって欲しいと思う。すべての仕事や働きが、愛をもって行われる社会で生きたい。この抜き書きはそんなふうに迫って来ます。

こちらはキコさんだ。とても一所懸命な人だったな。いまは大阪で元気に生きている様子。

やたらカッコイイ、山下くんの音遊びの様子(上分/中津の製材所の工房のオープニング)。いろんな人がいます。粒ぞろい。

改善センター2階の大広間に行くと、女性たちが無数のミシンを並べてモンペづくりに真剣だった日。考えさせられました。パーソナルコンピューターのような、ミシンというテクノロジーについて。

役場の大きな部屋で、なにかの報告会かミーティングが終了したあとの情景。なかなか帰らない人が多いのは本当に素敵なことだ、と思いながら眺めていた。

大埜地の集合住宅で「どんぐりプロジェクト」を実現させたキーパーソンの一人は、高校の近くにお住まいの片山さん。地域性種苗に詳しく、愛情も溢れて出てくる感じで、山の中を一緒に歩いていると楽しくてしょうがなかった。

昔のアーティストの作品を、人知れず、淡々と直しているニコライさんも素敵でした。

ヤマンドゥ。

滞在アーティストがあれだけくつろいでいるのは、どう考えても工藤さんの力が大きい。私は特集のインタビューで聞かせてくれた彼女の話が大好きで、下記ページ後半の言葉は世界中に知らしめたい気持ちがある。
>第4話|ヤマンドゥ、ジニーン、クウィン / From Nederland, USA

こちら好きな写真の一つ。

石川研の展示にあわせて開催された、小松崎さんの「神山の古い写真・大投影会」は、みんな隣の人と喋っていてやかましくて最高でした。あれは花火大会の一種だと思う。

東京のルヴァンで開催された「神山フェア」と、出張してコーヒーを淹れていた千代田孝子さん。

このフェアの話と別に、ルヴァンが神山に与えてくれたものは結構たくさんある。けどまあそれは知っている人が知っているだけでいいか。

2年ほど前は、海老名さんと麻畝ちゃんや、パンの笹川さん、宿で石積んだ神先さんの話を聞いて、イン神山に公開する作業を重ねていた。あれは本当にいちいち面白くて、もうなにをするでもなく、ただみんなの話を聴きつづける人生もいいよなと思ったくらい。そうもいかないが。

>海老名さん・麻畝ちゃん:まだ働き始めていない。あるいは働いて1, 2年目だからこそ、伝えられたことがあったかも
>笹川さん:当たり前ではないことを当たり前のようにつづけることが、地元のパンなんじゃないか
>神先さん:場所の魅力は、あるものに手を入れていく中から、自然に生まれてくる

「ルーさんと、昔の道を探しながらその辺の裏山を歩く」週末が大好きだったが、去年の夏に膝を痛めたこともあって、今年は行けなかったのが残念。ルーさん、えりさん。第二子のご誕生おめでとうございます。
>Day 5 ルーさんと歩く山:神領/西野間

真鍋さんや充さんと登った、雪の雲早山にも、素晴らしいものがあった。バックカントリーと言うと少し違うけど、あんな空間がすぐ近くに広がっているのは、とてつもない豊かさですね。

広瀬さんとヤギ。あんな時間の重ね方、人生のすごし方もあるんだな。

先週末。神山最後の晩は、松葉庵/麟角でケイちゃんが鰻を調理してくれた。コンパクトな空間の中に、本当にいろんなひと、場所、価値が揃っているまちだな。これからもほどよいペースで充実してゆくんでしょう。

夏のトロっとした夕暮れ。家からいつも眺めていた象山。人生のある時期の、忘れられない風景になった。

ダイジェストにはしようがないけど、振り返って思うのは、本当に魅力的な谷間の世界だった。暮らしてよかった。みなさんお世話になりました、ということです。写真に載っていない方々も含んで。

​東京に来ることがあったら、お茶やご飯に誘ってください。そして、ぜひその頃のまちの様子をきかせて欲しいと思っています。

西村 佳哲

西村 佳哲

にしむら よしあき/1964年 東京生まれ。リビングワールド代表。働き方研究家。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、大きく3つの領域で働く。元神山つなぐ公社 理事(2016〜21)。著書に『自分の仕事をつくる』(晶文社/ちくま文庫)、『ひとの居場所をつくる』(ちくま文庫)など。

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コメント一覧

  • 大変お世話になりました。 西村さんが作ってくれた この「イン・神山」のウエブサイトが神山を有名にしてくれたのだと感謝しています。

    2022年5月27日 10:50 | ニコライ

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